親から仕送りもらってるのに借金200万以上…言えなかった「助けて」【東尋坊の現場から】

福井県坂井市にある東尋坊

 6月を間近に控えたある日の昼下がり、東尋坊 (福井県坂井市)周辺をパトロールしていたところ、通称大池と呼ばれている海抜25メートルほどある岩場岸壁の谷底を観光客の様子を気にしながら20代後半の男性が谷底をのぞき込んでいました。

 通常ですと少なくとも毎時100人以上の人で賑わう観光地ですが、コロナ禍の影響で人もまばらで、約10組の老若男女のカップルが潮風に吹かれながら遊歩道や岩場を散歩するくらいでした。日本海の大海原に浮ぶ小舟や遠くに赤橋が架かっている無人島・雄島を見ながら散策している長閑な時間帯、岩場に立っている若者を見つけたのです。

 私は約50メートル離れた所にある観覧席でその後の様子を見ていました。彼は私に気付いたのか気まずそうに岩場から離れてようとしました。すかさず私は「今日は! 今日は休みですか?」と声をかけました。彼は「今日は会議があるためズル休みして来てしまいました。」と少しテレながら話をしてくれました。どんな会議かを聞いたところ「現在洋服のデザインの仕事をしており、皆の前で出来上がったデザインを発表することになっています。ただ、アイデアが出なくて、このままでは追究されて恥をかくことになる。それが嫌で無断欠勤して来てしまいました…」と言うのです。 

今日の今後の予定や所持金について聞いたところ「この後の事は何も考えていない。所持金は5,000円しかなく、これでは関東までは帰れない…」。やっとで我に返った様子でした。「お餅を御馳走するから私の店まで来ませんか…?」と誘ったら、彼はうなずき「心に響くおろしもち」店 (相談所) まで来てもらって話を聞いたのです。

彼はこれまでの経緯を明かしてくれました。「元ミュージシャンで芸能人になりたくて専門学校で2年ほど勉強し声優として80人ぐらいいる芸能会社で働いていたのですが、コロナ禍の影響で仕事がなくなり無給になってしまって…。競争の激しい会社なので、芸能人になることを諦め転職したのです。しかしその時の衣裳代として約250万円の借金ができてしまいました。再就職したのですがアパート代や住民税が払えず、先月、実家へ行って母から税金分を援助して貰っていて、まだ200万円以上の借金があるので助けて欲しいとは言えないのです」。

 そこで今後の生活や人生、就活などについて約2時間の意見交換をした末、やっとで実家の電話番号を教えてくれたので母親に電話しました。彼の現状を話したところ「彼は長男であり、高校時代にも一度自殺未遂をしました。そこで高校を卒業した後は本人の自分の好きなことをさせたのですがまた自殺を考えてしまったんですね…。」と言って驚き、泣きながら残念がって「直ぐ父親と一緒に自家用車で迎えに行きます」と言ってくれました。

 母親とは30分間ほど話をしたのですが、先月息子がお金をせびりに来た時に何故もっと借金の事を聞き出して補填してあげると言えなかったかと反省していると言ってくれました。また、「息子が無駄遣いをする計画性のないお金の使い方をしているのではないかとの心配が先に立ってしまい何も言えなかったのです。私たちは子どものために働き貯金をしてます。私たちが亡くなってから遺産として残して渡すのでなく、息子が欲しい時に、また、必要な時に思い切って支援するのが “生きたお金の使い方だ”と今回の件で良くわかりました」と言ってくれました。その言葉は、今でも私の心に響いています。

 彼は、「自分のプライドが邪魔し、母親にどうしても再支援をお願いすることが出来なかった」と言っており、本人は誰かを介して、自分の親に支援するように言って欲しかったため東尋坊まで来てしまったのではと感じました。

 彼らと話しが終わった時は既に午後6時を過ぎていました。 両親は迎えに行くのに6時間以上はかかり真夜中になってしまうとの事でしたので、両親と本人の承諾を得て地元警察に保護をお願いして警察から家族に引き渡してもらいました。彼がこれから、母親の温かい言葉に応えられる生き方をしてほしいと切に願います。

⇒東尋坊で活動する「心に響く文集・編集局」ってどんなグループ

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 福井県の東尋坊で自殺を図ろうとする人たちを少しでも救おうと活動するNPO法人「心に響く文集・編集局」(茂幸雄代表)によるコラムです。

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