復帰直後の沖縄〈50年前きょうの1面〉7 月13日「『米合衆国用地』の看板はずせ」―琉球新報アーカイブから―

 1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。
 

 日本「復帰」直後の1972年7月13日の琉球新報1面トップは、「地主の93%が契約/米軍への基地貸与/地料、盆までに支払う/既契約者は1年前払い/防衛施設庁」との見出しで復帰後の米軍基地への土地契約について報じている。記事では「沖縄の米軍基地は、復帰前と違い復帰後は日本政府が地主から借り、米軍に提供する仕組みになっているため、防衛施設庁は、復帰前から、契約について地主側と交渉を進めていた。その結果、地主約3万1600人のうち約93%が契約をすませた」と現状を紹介している。
 関連記事で「軍用地、一部返還を/地主連が要請」との見出しで、軍用地主連合会が軍用地料の即時支払い要求決議と軍用地の返還要請決議を採決したことを伝えている。記事では「軍用地料について那覇防衛施設局は『8月23日の旧盆までに地主に地料を支払う』と約束しながら(琉球政府時代は7月初めに毎年支払われていた)12日現在、全く支払われていないところから軍用地料の即時支払い要請決議を行」ったという。さらに「軍用地の返還は『返還協定は地主の意思を無視した形で合意され、高比率の軍用地は、いまなお縮小されず、復帰前と大差ないままの規模の軍用地を地主、県民に押しつけている。軍用地の返還は市町村と県の経済発展、県民福祉の向上、基地経済からの脱皮などが大前提だ』と述べ『総面積にして2908万8133平方メートルの軍用地を返還するよう』決議した」と記している。
 さらに「『米合衆国用地』などの看板はずせ/瀬長議員が施設庁に要請」との見出しで、瀬長亀次郎衆院議員の申し入れ内容を紹介している。記事では瀬長議員の申し入れに「防衛庁は、沖縄の米軍基地にはりめぐらされている『アメリカ合衆国清酒用地』『米海兵隊財産』『NO・STOPING』などの立て看板を整理もしくは撤去するよう米軍当局に申し入れる」と答えたことを伝えている。
 B52の嘉手納基地飛来に沖縄では抗議の動きもでている中、臨時国会は「B52爆撃機の沖縄飛来問題や日中問題などを素通りして」閉会したと伝える記事は「『B52』の緊急質問も拒否/臨時国会終わる」との見出しで伝えている。関連で沖縄側の動きとして「きょう臨時議会/B52飛来など対策協議」と県議会の日程や、「屋良知事が上京/B52問題なども要請」と屋良朝苗知事が上京して要請する記事も掲載している。
 
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 5月15日で復帰を迎えたが、沖縄を取り巻く状況は復帰して変わったこともあれば、変わっていないこともあった。琉球新報デジタルは、復帰を迎えた沖縄のその後の姿を琉球新報の紙面でどう記したか、引き続きお届けしていきます。  

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