カンブリア宮殿で語られた業務スーパーのコストダウン方針、キーワードは「大容量」

大きくても割安で買えるという、高いコストパフォーマンスから人気となっている業務スーパー。その商品ボリュームと価格は、どのように実現しているのでしょうか?

作家でジャーナリストの加藤鉱 氏の著書『非常識経営 業務スーパー大躍進のヒミツ』(ビジネス社)より、一部を抜粋・編集して業務スーパーのコストダウンの方針について解説します。


曖昧さを排除せよ!

神戸物産、すなわち業務スーパーの運営会社(フランチャイザー)創業者の沼田昭二は2012年2月、58歳で同社の会長兼社長を退き、CEOとなった。そして2017年5月に神戸物産の顧問を退いた。その時点での業務スーパーの店舗数は765。

「とにかく外国人とビジネスをするときに、言葉でやりとりするのは止めなさい」と沼田は口を酸っぱくして神戸物産の社員に命じてきた。通訳をしてくれる人には文科系の人が多いので、必ず数字と記号で商談をするようにと念押ししてきた。

専門用語が絡むと非常に難しくなってきて、言葉の領域ではなくなってくるからだった。挙句の果てにコンテナを丸ごと駄目にすることだって出てくるのだから。そういうことも含めて、すべて現場での勉強が不可欠であった。

沼田は、社内外のコミュニケーションのあり方に厳しく注文をつけた。とりわけ数字の明示にこだわった。「そのうちに」などという曖昧な表現をする社員がいれば、注意される。たとえば「8日までに」と数字で示せば誤解を招かないからだ。

だから、沼田は記号で示せるものを言葉で示すことをひどく嫌う。雑誌のインタビューでこんなことを話していた。

「うちは食品を輸入することから、海外の会社と頻繁にやり取りしますが、たとえば『次亜塩素酸ナトリウム』を『sodiumhypochlorite』と英語で表記することは厳禁でした。世界共通である化学式『NaClO』で表すことをルール化し、それを取引先にも守るように求めていた。

食品の成分表、製造工程表、インボイス(送り状)にP/L(梱包明細書)。現地での製造や輸入に至る過程で作成される書類を、できるだけ明確な数字や記号(化学式)にすることで、外国人同士のやり取りでも勘違いが起きるのを防げます。

曖昧さは相手にわかった気にさせて、ミスを生みます。これらを誰が聞いても明確に理解できるように、経営者が仕組みを整えるのです。すぐできる利益の出し方の第一歩は、そこから始まります」

さらにこう言及していた。

「食品の甘みは専用の機械で糖の含有量を調べ、『Brix(ブリックス)値』で表します。たとえば、ブリックス10のコーヒーを飲んで甘いと感じたとします。しかし、甘さにはコーヒーの温度はもちろん、飲んでいる空間の室温や湿度も影響します。どういう条件で試飲するのかという点を明確にしておかないと、意図した味には仕上がりません。判断を誤ったり、相互の認識に違いが生まれたりして、最終的には大きなミスを生んでしまいます」(日経トップリーダー2021年2月号より抜粋)。

花房課長が少し胸を張ったような気がした。

物事を本質的に細かく捉えることに慣れていない日本人

その花房課長は、創業者はよく「日本人、日本企業の最大の弱点は、本当はいくらなのかを考えたことがないことだ」と語っていたという。

「たぶんバイヤーが製造にまで入り込んでいるのと似たような論理だと思います。実際にこれも神戸物産のなかであった話です。ある商品をつくることが決まった。その商品の容量を2種類、500グラムと1キロにすることも決まり、専用の容器やパッケージを仕入れることになりました。その商品の開発者が、500グラムの容器を1個1円で仕入れることができるメーカーを探してきた。1キロの容器だと容量が倍になるけれど、容器代金は1.8円に抑えることができた。仮にそうなったときに、『なるほど、それでいい』とはならない。創業者はその容器の重さを問題とするからです。容器の重さを計って、グラムあたりの重さを弾き出すと、価格は1.8倍になっているけれど、そこに使われている材料は1・5倍の量しか使われていなかった。そうなったときに、原料費が1・5倍しかかかっていないのに、なぜ価格は1・8倍になっているのか? 『見た目に騙されるな!』と創業者の注意が飛んだ。そんな細かなところまで分解して、踏み込んで考えている経営者はまずいないのではないでしょうか」

元来、日本人の大半は良い意味で奥ゆかしく、ずけずけとモノを言わない。創業者の場合は、駄目なものは駄目、良いものは良いに徹している。数字をぼやかすと、かえって交渉が複雑になってしまう。トラブルになりかねない。

物事を説明するときも、記号、数字を挙げて、明確にわかりやすくする。

「結果的にそれがビジネスをうまく回すためのコツになる」と創業者は語っていたという。

そもそも日本人は物事を本質的に細かく捉えることに慣れていない。花房はその指摘をいまでも覚えているという。

カンブリア宮殿での一幕

沼田昭二の「大容量はコストダウンになる」という哲学が、息子の沼田博和社長にしっかりと伝わっているのが確認できる場面があった。

2020年10月、テレビ東京の人気番組「カンブリア宮殿」に博和社長が出演し、作家の村上龍とアシスタントを務める女優の小池栄子の質問に応えていたときのことである。

「業務スーパーの商品のボリュームのすごさと値段の安さに驚かされます。そうした方針を変えようと思われたことはなかったのですか?」

そう村上から尋ねられた博和社長はこう言った。

「何度か試してみたことはあったのですが、やはりお客様が業務スーパーに求めているものとは『使いやすい量』ではなく、『大きくても割安で買えるもの』でした。なかなか小さなサイズのものをつくっても売れなかったのが現実でした」

小池が目を丸くして言う。

「醬油1リットル、大手スーパーが267円のところを業務スーパーは99円と半分以下。鶏もも肉については大手スーパーよりも3割も安い。これは衝撃的な安さですね」

村上が言葉をつなぐ。

「業務スーパーの鶏肉は2キロもありますよね。私は小分けにして200グラム、500グラムがあったほうが親切だと思いますが。なぜそうしなかったのですか?」

博和社長がやんわりとした口調ながら、強い視線でもって村上に返した。

「大きいサイズのものをつくったほうが製造コスト自体は下がるんです。たとえば1キロのものを1つと、200グラムのものを5つつくるとすると、前者のほうが製造コストが安くて済みます。なので、少しでも安く販売するために大きいものにこだわっているわけです」

親から子へ。業務スーパーのコストダウン哲学は確実に引き継がれていた。
さらに村上が突っ込んだ。

「業務スーパーはいまの時代をしっかり捉えていると思う。消費者が賢くなっていますからね。今後も業務スーパーが時代を捉え続けるには何が一番重要ですか?」

間髪入れずに博和社長が言った。

「私たちは常に消費者に新たな刺激やワクワク感やドキドキ感をもたらし続けたいのです。日常的な買い物のなかで価格が『高い、安い』だけでは楽しくないと思います。そのなかでお客様に、『業務スーパーに行けば、初めて目にするようなものがいっぱいあるよ』という世界をつくりたいと思っています。それを目指しています」

ああ、これが博和社長の心持ちなのだ、そして差別化戦略の核心なのだと得心した次第である。

ボトムアップ経営へのシフト

2012年に神戸物産の社長になったのは弱冠31歳の創業者長男の沼田博和であった。

父親の昭二はそのことについて、神戸新聞NEXTの連載記事のなかで、胸の内を吐露している

「実は49歳のとき、がんがわかっていた。ステージ4だった。会社には従業員がたくさんいる。もしものときのため、事業承継を早める必要があった。現社長の長男には20年以上、一言も会社を継いでほしいと言ったことはなかった。小さいときに、かなりきつく教育したんです。それを家内が嫌がって、商売人をさせたくないと。彼は大学を卒業後、大正製薬に就職し関東で研究職として働いていた。ところが、2009年の元旦、結婚を機に関西へ戻り、神戸物産で働きたいと言ってくれた。心のどこかで継いでほしいと思いながら、それはないだろうと諦めていた。だから、自分の意志で入社してくれたときは、業務スーパーを始めたなかでも一番か二番に嬉しかった。私は俄然やる気が出たが、病気のこともある。数年間、一緒に仕事をやって、後継者として優秀だなと思い、任すことに決めた」

沼田昭二は昔の苦労話みたいなものを一切しない人物として知られる。「フレッシュ石守」を開いたのが1981年で、そのとき博和社長はまだ1歳だった。業務スーパーができた2000年当時も大学1年か2年のとき。創業者自身、家庭で仕事の話をすることは滅多になかったという。

沼田博和は神戸物産に入社後、本社の商品開発系の商品管理、商品開発部、STB生産部門部門長を経て役員に。2012年2月に代表取締役社長に就任した。

創業者と現社長との違いを神戸物産の社員はどう受け止めているのだろうか? 集約するとこうなる。

創業者はまったく何もないところから自分で会社を立ち上げたわけで、基本的には完全なトップダウン経営。自分が考えたこと、自分はこうしたいのだということを直球で実行していく人物。とてつもなくパワフルで先頭を切って社員を引っ張り、会社を大きくしてきた。常に10の利益を20にするために、オーバーストアの時代に会社を守り、従業員の家族を守るために、スピード重視のトップダウン経営を貫いた。

無類の勉強家であったけれど、業務スーパー以外にもニューヨークでしゃぶしゃぶレストランを開いたり、エネルギー事業に参入するなど、さまざまなことに興味を抱き、かつ実行する人でもあった。

それに対して息子の博和社長は、社長としてこうしたいのだという指示は社員に下りてくるとはいえ、創業者の時代とは異なり、会社の規模が格段に大きくなっている。したがって、博和社長は自身の目で社内の隅々まで見ることが、物理的にもうできなくなってきている。

一部の社員からこんな声も届いてきた。

「博和社長になってからはトップダウンという社風をある程度残しながらも、ボトムアップが少しずつできるようになってきている。創業者のときは完全なトップダウンだったので、われわれは本当はこうしたほうが効率的には良いのにな。これがなかなか言えないような環境だった」

それに対して博和社長は新社長就任時、みんなから思うところがあれば、それを提案してほしい。こうした改善ができるなら、どんどん声を上げてほしいと言った。社員の声を拾っていくと、確かにそうすることで、より効率が上がるようなことがたくさんあったようだ。

創業者のときはトップダウン、つまり上下関係がベースになっていた。いまの社長になってからは横断的というか、部署間の情報共有を増やしていくスタイルに少しずつ変わってきた。

徐々に変わってきている商品構成

ある中堅社員はこう回顧する。

「創業者の社長時代には、各部の責任者が集まって会議をすることは少なかった。私が入社した当時は、創業者は会長という立場でした。会長室が設けられ、会長室に誰かが呼ばれる。創業者がこういったことをやりたいとなったときに、それに詳しいであろう人を会長室に呼び込む。そこで説明する。意見を聞く。そして試食していた。部署の責任者が集まって何か意見交換をする場はなかった。完全に上からのトップダウンであったからです。いまの博和社長になってからは、各部署の責任者が集まって、『こうした商品開発を現在行っている』『こうした商品が出る』と伝える。それに対してスーパーバイザー、店舗運営の責任者が『それはこういうふうに売りましょう』と練ってきた作戦を披露する。部署間の情報共有が始まったのも、博和社長になってからです」

商品構成については、以前は良いものを安く売っていれば、お客様は勝手に来る。ちょっと強引な物言いだが、それで良かったところがあった。

ところが、昨今はさまざまな情報ツールが発達してきているから、良いものを扱っていても、情報発信をしてきちんと市場に伝えていかないと、なかなか評価されない。

これまでは良いものを安く消費者に届けることをかたくなに実現してきた。けれども、近年はそれとパラレルして、業務スーパーの店に並ぶには単価として高めの設定かもしれないが、非常に価値がある商品も置かれるようになった。

創業者が社長のときだったら、プレゼンをしても「グラム単価がその値段なら売れるわけがない」と即却下されたものがそうではなくなった。確かに業務スーパーで売るには少し高いかもしれないが、それ以上に品質が高い。つまりコストパフォーマンスを考えたときに非常に魅力溢れる商品であれば、博和社長が採用するケースが増えてきているのだ。

よって商品構成においても徐々に変わってきているといえよう。

こうした違いはいくつか前社長、現社長で見られる。

傍から見ると、この二人は全然違うように見えるのだが似ている。話を聞いた社員はそう口を揃えた。ただプライベートというか、出張に同伴して、一緒に酒を飲んで話し込むときには、やっぱり親子だなとしみじみ思うらしい。

博和社長はある投資家からこんな質問を受けたことがある。「神戸物産の本質とは製造なのか、卸売りなのか、小売りなのか。社長はどう考えているのか?」

博和社長は即答を控え、しばらく経ってから、こう返した。「考え方としては製造に近い」物事を分解して、それを改めて組み直して、いかに効率的につくり上げるか。博和社長の製造に対する考え方はそこに収斂される。父親譲りの考え方が業務スーパーのオペレーション面でも活かされている。

著者 加藤鉱

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