安倍晋三元首相銃撃事件で、殺人容疑で送検された山上徹也容疑者(41)=刑事責任能力の有無を判断するため鑑定留置中=は、自身の生い立ちや世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への恨み、母や社会への複雑な思いをツイッターで打ち明けていた。
アカウント利用は2019年10月から始まり、22年6月末までに1300件以上の投稿があった。インターネット上では、アカウント名がカルト教団が登場するホラーアドベンチャーゲームに由来するのでは、との指摘も寄せられている。
これまでの取材で事件の背景として浮かんできた「家族の破綻」「旧統一教会への憎悪」「母親への思い」「孤独」といったキーワードでツイートの“肉声”を振り返る。(共同通信=石原知佳)
▽家族の破綻
伯父などによると、山上容疑者は3人きょうだいの次男として生まれた。母の実家は建設会社を営み、裕福な家庭環境だった。兄が小児がんを患っていたこともあってか、「常に母の心は兄にあった」(2019年12月7日)と感じる少年時代だったようだ。母のために努力したが、自身は「(父や母に愛されるための)作り物だった」(同日)と振り返っている。
4歳の頃、うつ病で苦しんでいた父が自殺している。うまくいっていなかったとみられる父と母の関係。この時のことを次のように記し、自身を責めた。
「病院のベッドでオレに助けを求める父を母の期待に応えて拒んだのはオレが4歳の時だったか。それから間もなく父は病院の屋上から飛び降りた。オレは父を殺したのだ」(同日)
父の自殺後、母は旧統一教会にのめり込んでいく。父の生命保険金や実家の資産など計1億円を献金し、やがて自己破産に至るが、母の旧統一教会への傾倒が周囲に明らかになったのは、容疑者が中学生の頃だった。
「オレが14歳の時、家族は破綻を迎えた。統一教会の本分は、家族に家族から窃盗・横領・特殊詐欺で巻き上げさせたアガリを全て上納させることだ」(20年1月26日)
ツイートによれば、当時事実を知った祖父は怒り、包丁を持ち出して母を殺そうとした。「祖父が母を殺そうとするのを目の当たりにして壊れても誰がオレを責められるのか」(19年12月7日)と書くほど、山上容疑者の心に深い影を落とす出来事だった。
「オレは事件を起こすべきだった。当時話題だったサカキバラのように。それしか救われる道はなかったのだとずっと思っている。最も救いがないのは、母を殺そうとした祖父が正しい事だ」(同日)
神戸児童連続殺傷事件が起きたのは1997年。山上容疑者は16歳で、当時は奈良の公立進学校で学んでいた。
▽旧統一教会への憎悪
母の多額の献金で一家は困窮した。山上容疑者は大学進学を諦め、海上自衛隊やアルバイト、派遣会社を転々とし生活した。投稿では「統一教会」が40回以上登場。憎悪する言葉が繰り返された。
「統一教会は全世界の敵であり、当然日本の不倶戴天の敵でもある。オレが憎むのは統一教会だけだ」(19年10月14日)
「オレがあの欺瞞、憎しみと復讐の喜びに満ちあふれた『神の愛』とやらを語るあの奴らの顔を忘れる事はないだろう。残念な事に、この世にはどう考えても殺した方がよかった人間がいるものだ」(19年11月23日)
復讐のため旧統一教会幹部を襲撃することを考えていたのか、新型コロナウイルス禍の20年8月12日には「今年はおそらく鶴子(創始者の故・文鮮明氏の妻で教団トップの韓鶴子総裁)は(日本に)来ないだろう。それはオレにとって吉か凶か」ともつぶやいている。
▽母への複雑な思い
「オレは母を信じたかった。それ故に兄と妹とオレ自身を地獄に落としたと言われても仕方がない」(19年12月7日)。若い頃、容疑者は母がいつの日か家庭に戻る日を信じて、きょうだいと過酷な生活を耐え忍んでいたようだ。投稿では、「母」や「お袋」というワードが約30回登場する。親子の情愛を感じさせつつも、突き放したり、恨み言を述べたり、と批判的な言及に終始している。わずかな希望も消えうせてしまうほど、母は統一教会に没入していた。
「ウチのお袋は子供に自立の芽でも出ようものなら即座に統一教会ハマって一族もろとも巻き添えにして自爆したね。これで自分が札付きの不良でもあったなら自分が悪かったと思いようもあるが、健気にも母親を支えようとするよく言えば優等生的、悪く言えば自我の希薄な子供だった自分からすれば悪夢としか言いようがない」(20年12月11日)
「言葉では心配している、涙も見せる、だが現実にはどこまでも無関心。無意識レベルの無関心と他人事感を前提にした情しかない。こんな人間に愛情を期待しても惨めになるだけ」(21年4月18日)とも切り捨てた。
そんな中でも、親子が交わしたたわいないやりとりの思い出話が一つだけ投稿されていた。
「ガキの頃に母親の手料理よりカップラーメンが食いたくて(子供ってジャンクフード好きじゃない?)根負けした母親が出してくれたカップラーメン旨い旨いって食ってたらそれまで見た事ないくらいの勢いで母親にブチキレられた事があったっけ」(20年8月6日)
▽深まる孤独
社会問題には関心が高かったとみられる山上容疑者。連日のように、皇室や年金制度、かつて自身も所属した自衛隊や憲法、核の問題、与野党問わず政党など多種多様な話題を取り上げ、意見をツイートしていた。一晩で何度も投稿を重ねながら、その語り口や内容からは、世間の「お前ら」と、自らの間に明確な一線を引き、相いれない者同士、と悟りめいたものがにじむ。
「そうだ、この世界はフレンドリーだし男も女も愛に溢れている。ただオレがフレンドリーでもなく愛に応える術を持たないだけだ」(19年11月23日)
「幼稚園の頃から人とのつきあい方は分からなかった。何故お前らはそんなに無邪気に、無垢に、あるがままでいられるのか。好きにするがいい。そもそも理解する義務はお前らには一つもないのだから。オレにできるのは理解しようとしたお前らの善意という悪意に感謝する事しかない」(19年12月7日)
周囲に母が新興宗教にのめり込んでいる悩みを相談することはほとんどなかったようだ。特殊な自身の境遇を話したところで他者に理解されない諦めがあったのか。「だから言っただろう、最後はいつも一人だと。頼りになるのは自分しかいないと。プライドしかないのだと」(同日)とも書いている。
21年2月28日には、新型コロナウイルス禍で大学生が孤独に陥っているとの記事に「言っちゃ何だがオレの10代後半から20代初期なんかこれ以下だよ。社会問題として支援が呼びかけられる様は羨ましいとすら思う」と胸の内を明かした。
「正直に言うと震災の時すらそう思った。肉親を失い生活基盤を失い病むのは同じでもこれだけ報道され共有され多くを語らずとも理解され支援される可能性がある。何て恵まれているのだろう、そう思った」(同日)
「オレは何が誤解か決して言わないし、お前らは理解できるものしか理解しない行動の結果を許される権利がある。お前らにはお前らが生を謳歌する権利がある。オレのこの呪いは、善悪の彼岸でしか贖われない。理屈ではないのだ」(19年12月7日)
一連のツイッターの投稿には深い悲しみや怒りの感情がにじみ、孤独に陥っている姿は痛々しささえ感じさせる。
山上容疑者は事件直前に島根県の男性フリージャーナリストに送った、銃撃を予告するような手紙の中でこのツイッターアカウントについて自ら明かしている。ツイートの内容が報道されることも予期し、社会に旧統一教会の在り方や、政治との関係の是非について議論を投げかける狙いもあっただろう。
フォロワー数は、アカウントが山上容疑者のものと広く報道される前の7月17日午前の時点では0人。その後、アカウントの存在が知られ急増したが、現在は見られなくなっている。