「1歩でも外れたら…」 保険適用が始まった不妊治療で負担増のケースも ある夫婦の揺れる思い

菅義偉総理(2020年 当時)
「不妊治療への保険適用を早急に検討し…」

【写真】体外受精・顕微授精で生まれる子どもは14人に1人、治療件数は過去最多約46万件

厚労省によりますと、不妊の心配をしたことがある夫婦はいまやおよそ3組に1組。そんな中、今年度、不妊治療の保険適用が始まりました。

不妊に悩む人たち
「今まで治療できなかった人にとっては治療を始めるきっかけになるから」

「すごくありがたい」

経済的負担が軽減された人からは感謝の声。でも、一方ではこんな人も…。

不妊に悩む人たち
「逆にちょっと苦しい…。金銭的に苦しくなるのかなと」

「期待が大きかったぶん、肩透かしを食らったような」

今回のテーマは、『保険適用が始まったのに… 不妊治療の負担が増えた!?』。どういうことなのでしょうか?

体外受精・顕微授精で生まれる子どもは40年ほど前から年々増え、3年前には6万人を超えて過去最多。およそ14人に1人にあたります。治療件数も過去最多でおよそ46万件となっています。

そんな中、今年度から不妊治療には保険が適用されるようになりました。体外受精には1回、平均50万円かかるということですから、今回の保険適用で単純に言えば15万円になります。助かるという人も多いと思われるのですが、そんな単純な話ではないようです。3か月余り経った現状を取材しました。

広島市南区の「広島HARTクリニック」。高度な生殖医療が可能な不妊治療専門クリニックです。今年度、始まった保険適用について患者さんに聞いてみました。

4月を待って治療を開始した人
「保険でできる範囲で自分たち(に子ども)ができるのかどうかをとりあえず試してみようと思って」

2人目の子を希望する人
「やっぱり用意をしておかないと途中で(お金が)足りなくなることが一番怖いので。そういう不安が、適用になったことでだいぶ解消された」

約1年半前から治療開始した人
「『なんでダメなんだろう、自分』とどうしても思ってしまうので、そういう負担感がお金の面で減るって言うのは、かなりありがたいと思うし、治療に対して前向きな気持ちになりやすくしてくれたのかなって思って」

保険適用を歓迎する声があがる一方で、こんな思いも…。

2年前から治療している人
「今回の治療では、すでに100万円以上は払っています。着床前検査。これが入っているので、全部が保険が利かなくなるんですよ。そういう治療をされている方は逆にちょっと苦しい。金銭的に苦しくなる」

2人目の子を希望する人
「保険を(適用)するんだったら順番や薬が1から10まで決められている」

「それから1歩でもはずれるんだったら、もう保険適用外で助成金制度もないので、全額、自分で払えということですね。期待が大きかったぶん、なんか肩透かしくらったような。建前上の少子化問題だけ取り上げて、結局、中身のない制度かなと思いますね」

不妊治療にはさまざまな段階があり、一般的には高度な医療が必要なほど費用がかかります。

実は今年度、保険適用となったのは、顕微授精の一定の範囲まで。その範囲に入らない治療行為は「先進医療」と分類され、保険は適用されず、自己負担となります。
※病院によっては、「先進医療」を含めた時点で全て自己負担になるケースもあります。

さらに、「先進医療」として認めるかどうかを国で審議中の、いわば「※超先進医療」については、その治療を行うことによって「混合診療」とみなされ、それまでの診療行為全てが自己負担となってしまうのです。
※こちらのコーナーでは分かりやすい表現として、先進医療として認めるかどうかを国が審議中の医療技術を、「超先進医療」と表記しています。

広島HARTクリニック 向田哲規院長
「不妊治療で行うことは複雑多岐に渡って、認められていないことも多い。それを加えることで妊娠率が上がることや、その人にはとって有益になることがあるが、それを加えたばかりに全部が自費になってしまう。ぼくらとしても最大限の医療のサポートしてあげたいし、一番良い医療を提供したいが、足かせがある。どちら(の治療方法)にしたらいいかという困惑が患者・医療現場 両方で起きている」

それだけでなく、国は保険適用の導入を機にこれまでの助成制度を撤廃しました。

向田哲規院長
「助成金がなくなったので経済的負担が全部かかるわけです。だから基本的 体外受精でできる6割はいいが、残りの4割の人にはなんら経済的なサポートがなくなることは問題

実際、この保険適用の線引きのために本来、望んでいる治療に踏み切るかどうか、悩んでいるという夫婦に話を聞きました。

10年前に結婚して、不妊治療の末、去年、長女・結月ちゃんを授かったという伊勢夫妻。出産の前の年の支払いは221万円。このほかにも交通費が20万円以上かかるなど、先が見えないのが不安だったといいます。

綾子さん
「わたしが子宮が大きかったので、それの治療もあったし…」

― 出産までに250万円くらいかかると最初から思っていた?
「想像以上だった」

伊勢 正さん
「正直、100万円ちょっとかなと思ったんですけど」

治療の過程で綾子さんは一度、流産を経験しました。

綾子さん
「今回、わたしが流産した原因が、赤ちゃんを異物だと思って、わたし自身の体が赤ちゃんを攻撃してしまって流産したかもしれないということで、『タクロリムス』という薬を使ってみようかと…」

「タクロリムス」とは免疫抑制剤で、母体の免疫反応が受精卵を拒絶しようとする特殊な症例で使用されます。この薬を服用した後の胚移植で綾子さんは無事、出産に至りました。

伊勢 正さん
― パパ似だってわかったとき、どう思った?
「うれしいですね、やっぱり」

綾子さん
「生まれた後、5~6か月くらいからきょうだいがいた方がこの子にもいいのかなと」

ことしになって再び不妊治療を始めましたが、今回の治療方法は前回と同じではありません。

綾子さん
「今回、また胚移植するにあたって、タクロリムスを使うなら保険は使えないと…」

タクロリムスを使った治療は、混合診療とみなされ、不妊治療に関わる全額が自己負担となります。以前ならあった15万円の助成もありません。

伊勢夫妻は、まずは保険適用の範囲内で治療を進めることに決めました。

綾子さん
「何かを犠牲にして治療というのは精神的にいろいろ考えてしまうので」

伊勢 正さん
「助成金があるんだったら、タクロリムスが使える今までの治療でやりたかったというのが本音」

2人は、複雑な気持ちで第二子の出産に臨みます。

― 4月から始まった保険適用は、顕微授精の一部までが範囲で、そこに含まれない「先進医療」については今回、取材させていただいたクリニックではそこだけが自己負担となります。これは、病院によって異なります。詳しくは県のHPでご確認ください。

― さらに、その「先進医療」と認めるかどうか、現在、審議中の「超先進医療」についてはどの病院でも全額自己負担となるということです。タクロリムスはここにあたります。

― 一方、保険が適用されない部分については県独自の助成が始まりましたが、金額的には1回、最大5万円。これまでの金額とは大きく異なります。そのほか市町によって、さまざまな助成があるところもあって、北広島町では最大25万円、神石高原町では最大30万円が独自に支給されます。

― 自治体は人口減少が大きな課題ですから不妊のサポートをしたいところです。国は、こういう現状をしっかり把握して、不妊に悩む人たちの声に耳を傾けてほしいです。今回、取材させていただいた人たちからは、保険適用からはずれる場合には助成制度が使えるように、どちらかを選べるようにしてほしいという声が多く聞かれました。

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