ドキュメンタリー『ジャネット・ジャクソン 私の全て』後半レビュー(エピソード3&4)

オリジナル・アルバム総売上枚数1億8千枚、1982年のファースト・アルバム『Janet Jackson』のリリースから今年で40年となったジャネット・ジャクソン(Janet Jackson)。

2022年8月24日には彼女の日本盤シングルとMVを収録したベスト盤『ジャパニーズ・シングル・コレクション-グレイテスト・ヒッツ-』の発売が決定しているが、そんな彼女の最新ドキュメンタリー『ジャネット・ジャクソン 私の全て』のレビュー(後半・全4話の3話と4話)を掲載。筆者はライター/翻訳家の池城美菜子さん。ドキュメンタリー番組は「CSヒストリーチャンネル」にて放送中。また8月1日より、Hulu、U-NEXT、Rakuten TV、AppleTVでも配信開始

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オセロの石が一気にひっくり返るように、真実が明らかになって世間の認識が変わる瞬間がある。手のひら返し。2022年1月に海外で放映されて以来、米英合作のドキュメンタリー『ジャネット・ジャクソン 私の全て』が大反響を巻き起こしている。4回シリーズの後半、エピソード3とエピソード4は世間のジャクソン家にたいする残酷なまでの手のひら返しと、再評価の過程を映し出す。

2009年に亡くなった兄のマイケル同様、ジャネットも激烈なバッシングをくぐり抜けた人だ。エピソード1と2は70年代のジャクソン・ファミリーの人気ぶりとジャネットの独立、『Control』と『Rhythm Nation 1814』の2枚で自身のキャリアと音楽業界における若い黒人女性の地位を変えるところまで見せた。

エピソード3:真実

エピソード3では、1990年代に入ってさらに高みに上ったジャネットの栄光とその背後にあった暗い影をも俯瞰する作り。記録破りの契約金でヴァージン・レコードに移籍し、『Janet.』で大胆にセクシー路線に振り切った背景には、映像作家のレネ・エリゾンドとのローラー・コースターのような結婚生活があったのだ。90年代のジャネットは、音楽のみならず映画でもブラック・カルチャーに大きな爪痕を残している。1993年、ジョン・シングルトン監督の恋愛映画『ポエティック・ジャスティス/愛するということ』で2パックと共演したのは伝説だ。

2パックは前年に主演した『ジュース』をヒットさせ、セカンド・アルバム『Strictly 4 My N.I.G.G.A.Z』で知名度が上がったタイミング。すでに大スターだったジャネットは美容師のジャスティス役、2パックが配達員のラッキー役であった。編み込んだブレイズヘアのジャネットはきちんと美容師に見え、リアリティがあったことに驚いた記憶がある。この映画は、次世代のラッパーに大きな影響を及ぼした。

2パックを信奉しているケンドリック・ラマーは、タイトルがズバリ「Poetic Justice」という曲を作ったうえ、最新作『Mr. Morale &The Big Steppers』のセカンド・シングル「We Cry Together」はこの映画のサブカップルの喧嘩シーンが元ネタだ。

LAのラッパー、ビッグ・ショーンも「Body Language」のミュージック・ビデオで恋人のジェネイ・アイコとラッキーとジャスティスに扮している。90年代前半はブラック・ムーヴィーがヒップホップ・カルチャーの世界的な広まりに大きな役割を果たし、この映画でジャネットは一役買ったわけだ。

ドキュメンタリーではリーシャ役を演じたレジーナ・キングやジャスティスの最初の恋人役のア・トライブ・コールド・クエストのQティップがコメントを寄せているうえ、生前の2パックのインタビューも含まれている。レジーナ・キングもいまや大物俳優であり、エポック・メイキングな作品だった。

ジャネットは愛くるしさを失わずにエロティシズムを醸しだせる稀有な存在だ。親密な恋愛がテーマだった『Janet.』(1993年)と、セックスについて多方面から語った『Velvet Rope』(1997年)でセックス・シンボルに変身する。大きかったのが、ローリング・ストーン誌の9月号の表紙。その表紙に手で参加しているレネ・エリゾンドとの関係の変化が、エピソード2の終わりから3にかけて映像とともに語られる。

幸せだった時期のジャネットの笑顔と、離婚後に裁判になったレネをこき下ろす「Sun Of The Gun」の歌詞のギャップが凄まじい。現在のレネのコメントはないものの、彼のクリエイティヴ面での貢献は言及されており、そこはフェアだと感じた。

兄マイケルとの関係性の変遷

ファンとして、もっと辛いのが兄・マイケル・ジャクソンとの関係の変遷だ。非常に若い頃のジャネットがマイケルからもらったアドバイスが、「練習をすること」と「自信をもつこと」だったというくだりがある。至極まっとうなアドバイスだが、エンターテイメントの頂点を極めたふたりがどれほどの「練習」を重ねたか、想像を絶する。

『ジャネット・ジャクソン 私の全て』では、最近では『アメリカン・アイドル』の審査員の印象が強いポーラ・アブドゥルや、ティナ・ランドン、フィリピン系アメリカ人のギル・ドルドゥラオなどジャネットの歴代の振付師が登場、練習やオーディション、リハーサルなどのシーンは、ダンスをやっている人はとくに興味深いはずだ。

マイケルの未成年への性的虐待疑惑と、ジャネットがどう影響を被ったかも赤裸々に語られる。筆者は、1995年に「Scream」のビデオが公開されたときの騒ぎを覚えている世代だ。ドキュメンタリーのハイライトのひとつが、ホテルの一室で兄と妹が一緒に歌詞を作っているシーンだろう。マイケルがジャネットに「“Black Cat”の歌声だよ」と言うくだりは、キング・オブ・ポップのマイケルが妹の曲をどれだけ丁寧に聴いていたかが伝わり、ふっと涙腺が緩んだ。

エピソード4:オール・オブ・ミー

最終回にあたるエピソード4は、2004年のスーパーボウル・ハーフタイムショーでの衣装替えの誤作動事件への考察だ。アレキサンダー・マックイーンがデザインした衣装でジャネットはパフォーマンスし、ボーイバンドのイン・シンクからソロに転向したばかりだったジャスティン・ティンバーレイクがサプライズで登場、革のビスチェを外して赤いランジェリーを見せる演出が、ランジェリーまで外れて胸が露になったのだ。日本人には、たとえば年末の紅白歌合戦で乳房が見えてしまった場合を想像するとわかりやすいだろう。

単なる事故だったにもかかわらず、『Damita Jo』のリリース直前だったため、話題作りではないかとの疑惑に発展。アメリカは、ダブル・スタンダードの国だ。大胆なセックス・アピールをもて囃す一方で、教会を中心に生活している人々は非常に保守的である。後者からの苦情がテレビ局に殺到、この事件は尾を引いてジャネットのミュージック・ビデオや曲はテレビやラジオでかからなくなる。

この年のスーパーボウルの放映権をもっていたCBSは、火の粉を払うために翌週に開催されたグラミー賞で、パフォーマンスする予定だったジャネットを締め出した。そのまま出演できたジャスティン・ティンバーレイクは、受賞スピーチでこの件について謝罪している。

ハーフタイム・ショーのジャネットの表情をしっかり見ていれば、「やらせ」ではなかったのは一目瞭然だった。2004年のジャネット・ジャクソンが、そのようなスタントが必要ではなかったのも、少し考えればわかる。だが、長い間メディアは大騒ぎして、世間と一緒にジャネットをバッシングし続けた。実は、前年にブッシュ政権が強硬に始めたイラク侵攻が関係する、という見方が存在する。1年経って存在すると言われた大量破壊兵器の有無が怪しくなり、反発する世論の高まりから気を逸らすため、というセオリーだ。

ドキュメンタリーではもちろん、そこまで踏み込まないが、頂点にいる人を叩きたがる集団心理については改めて考えさせられた。救いは、ジャネットを中心にした関係者たちの凛とした姿勢である。「声明を出そうか」と連絡してきたティンバーレイクに対して、ジャネットが断って一人で背負いこんだ話と、恋人だったジャーメイン・デュプリの行動は、炎上したときでも自分を失わない人がいる証左になっている。

傷を負ったジャネットを真っ先に迎えたのはブラック・コミュニティであった。2007年、タイラー・ペリー監督の『ジャネット・ジャクソン in 最強の夫婦』がヒットしたのだ。ドキュメンタリーではマイケル・ジャクソンの死と、ジャネットのロックの殿堂入りについても触れている。マライヤ・キャリーやクエストラヴ、テヤナ・テイラー、ジェネル・モネイらのコメントもいい。自身も大物であるマライヤが、故ホィットニー・ヒューストンやジャネットの功績を積極的に讃える姿勢を常に見せているのは好感が持てる。

2017年、息子エイサを出産した直後に離婚したカタール人の大富豪、ウィサム・アル・マナについては一切触れないなど、法的に語れない部分もあるのは事実だ。それでも、ジャネットの復権にはSNSで広がったファンたちの声が大きかった事実など、興味深い考察がたくさん出てくる。

最近では、ソールドアウトになったラスヴェガスでのレジデント公演『Metamorphosis』でビヨンセとケリー・ローランドが訪れ、客席でノリノリになっている様子がバイラルになった。ジャネット・ジャクソンの旅はまだ終わっていない。『ジャネット・ジャクソン 私の全て』は、彼女のレガシーが一区切りついたのを知らせるとともに、これから始まる新しい章とその生き様をまた見せてくれる予告編なのだ。

Written By 池城美菜子

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