森英恵さん逝く

 明治時代の長崎を舞台にしたオペラ「蝶々夫人」は、芸者の娘と米海軍士官との悲恋を描いている。60年ほど前、米ニューヨークでの上演を見たその人は「日本の女性をばかにして…」と惨めな思いをしたらしい▲ヒロインの衣装は「国籍不明」で、畳の上でもげた履きだった。百貨店に行けば、日本製のブラウスは安物扱いされている。1961年、服飾デザイナーの森英恵さんはこの米国での体験から「私の服で日本のイメージを変える」と心に決めたという▲戦後、東京・新宿で開いた洋裁店が出発点だった。気が付けば服作りの規模は膨らみ、数百本もの映画の衣装を担当したが、監督はみんな男性で「男から見た、いい女」の服が求められた▲それも勉強になったが、ショーで見たシャネルの服は逆に「女性が着たい」ものだった。ここから、女性が見せたい服、着心地の良い服を追求していった▲チョウをデザインした作品などで世界をほれぼれさせた森さんが96歳で亡くなった。かつては見下されていた日本の良さを広め、「女性主体」を切り開いた、まさに草分けだろう▲戦時中は空襲の下を逃げ回り、死と向き合って、「平和になったら美しいものを見たい」と切望した、と述懐している。ご自身のシンボル、チョウこそがそれだったのかどうか。(徹)


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