戦争の記憶を継ぐ

 原爆の日、終戦の日を経て夏も終わりに近づくと、思い起こす話がある。私事になるが現在88歳の母が体験した引き揚げのことだ▲当時11歳で、日本統治下の朝鮮半島にあった京城に家族6人で暮らしていた。玉音放送で敗戦を知った後、しばらくして家に押し入ってきた人々が屋内の物を強奪。幼い妹弟を含め一家で日本に向かった▲たどり着いた釜山で、複数の世帯と闇舟を調達、夜中に脱出した。船上で出産した女性も。博多港では米兵に金品を奪われた。大事なハーモニカも妹のおもちゃのネックレスも。「もう怖くて怖くて」。福岡の親類宅に身を寄せ、縁もゆかりもない宮崎県に移住そして貧困生活-。終戦後も“戦争”は続いていた▲先の大戦のさまざまな側面を知る世代の高齢化が進んでいる。戦場や抑留を語れる人は既に少なく、アジア太平洋各地から600万人を超えた引き揚げ者の記憶も薄れつつある▲ウクライナ侵攻があり、大国同士が対立し、日本も有事への懸念が指摘されている。どう向き合うべきかを考える上で、家族らの戦時の体験は大切なヒントになる▲当時を知る人が身近にいるなら、戦中戦後の歩みを聴く機会をつくってほしい。たとえ記憶が断片的であっても、戦争は市民にとって何だったのかということが見えてくるはずだから。(貴)

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