夢想の中の「一致団結」

 日本文学の研究者、ドナルド・キーンさんは“願望”を口にした。「もし火星人がいたら、どんなにいいでしょう」。瀬戸内寂聴さん、鶴見俊輔さんと語り合う「同時代を生きて」(岩波書店)で述べている▲「つまり、私たちは…火星人に対して、皆一緒の地球人(笑)。それは素晴らしい」と話は続く。地球チームの人間同士、きっと団結できるはずだ、ということらしい▲裏返せば、火星人でも現れない限り世界の結束はない、とも読める。悲しいかな、世界の一致団結はいまだ夢想の中にある。核拡散防止条約(NPT)の再検討会議は最終文書が全会一致に至らず、またも決裂して終わった▲ウクライナ南部の原発の管理をウクライナに戻すように-と促されたりしたのを腹に据えかねたらしい。ロシア1カ国が最終文書の案に反対した▲ロシアが引っかき回して「一致」を阻んだが、仮に「一致」したとしても視界がにわかに開けたわけではない。何を、いつまでに、どうするか。具体的に目標が示されてこそ「再検討」の意味もあるが、最終案にそれはない▲岸田文雄首相はロシアをなじったというが、それだけでは何も始まらない。一致団結から程遠い今の国際社会で、もう何度も言ってきた「橋渡し役」を本気でやる時だろう。決意ばかりを語るよりも。(徹)

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