「That’s It!」(1961年、キャンディド)武骨でタフな音楽性 平戸祐介のJAZZ COMBO・18

「That’s It!」(1961年、キャンディド)

 残暑厳しい日々、いかがお過ごしでしょうか? 今回ご紹介するアルバムは「隠れた名盤」でもある「That’s It!」(1961年、キャンディド)です。熱気を帯びたオーソドックスなジャズアルバムでこの時期にはちょっと暑苦しいかと思いきや、深く聴くとかえって魅力は増すばかりです。
 腎臓病のため39歳の若さでこの世を去った米国のテナーサックス奏者、ブッカー・アービンの代表作であり、ジャズの歴史の上でも重要作品の一つです。アービンはベースの巨匠であるチャールズ・ミンガスのバンドに1956年から在籍。モダンジャズの一種ハードバップを基本に、前衛的なアプローチに至るまでの幅広いジャズ技法をミンガスから教わります。ブルースの本場、米テキサス州出身ということもあり、ブルースフィーリングあふれる音楽性とジャズをうまく融合。独自のサウンドを完成させたのです。
 その音楽性は当時猛威を振るっていたジョン・コルトレーンやソニー・ロリンズらとは一線を画すもので、ジャズ評論家の間で高く評価されました。残念なことに一般への人気を獲得するまでには至りませんでしたが、武骨でタフな演奏は真の信者を生み、聴く者を魅了しました。
 特に「That’s It!」は他の作品では聴くことができないほど、彼自身がリラックスしてジャズを楽しむ等身大の姿が捉えられています。それもそのはず、事ある度に共演した盟友ともいうべきピアニストのホレス・パーラン、ベースのジョージ・タッカーが参加している点が非常に大きいと思います。気心の知れたメンバーとの演奏が本当に楽しかったのだろうと推測します。
 ジャズは共演者の力量によって音楽全体が左右されます。それだけにこのアルバムに参加している全員が気負いなくアービンをサポートし、普段の演奏を展開しているあたり、隅には置けない「隠れた名盤」たるゆえんだと思うのです。
 1曲目のサックスの音色から、芯の通ったおとこ気あふれる名演に私は毎回心躍らされます。小難しいことなどは一切せず、ジャズを初めて聴く人でも存分に楽しめます。前述の通り暑苦しいアルバムかもしれませんが、ジャズの神髄を楽しむには十分。「晩夏」という少しセンチメンタルな季節にこのアルバムを楽しむのもアービンの武骨な音楽性と相まって風情を感じてしまいます。
(ジャズピアニスト・長崎市出身)

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