デマから教訓を

 脳や胸という字をよく見ると、その中に凶器の「凶」が隠れている。詩人の吉野弘さんに「同類」と題する一編がある。〈脳も胸も、その図(はか)らいも/凶器の隠し場所〉▲多くの人が時として、口には出せない、激しくて鋭い言葉を何かに、誰かに向けたくなることがあるだろう。脳や胸にとどまらず外に放たれた途端、その言葉は凶器に一変することがある▲静岡県牧之原市で製茶業を営む男性が、通園バスに女の子が取り残されて死亡した認定こども園の責任者と間違われ、ネット上で個人情報を拡散されている。電話番号が“公開”され、不審な電話も相次いだ▲広めた側の一人は「制裁したかった」という。悲痛を極める事件に、なじる気持ちや怒りが沸いたとしても、まるで無関係な人に矛先を向け、傷つけていては義憤も制裁もあったものではない▲流した情報に皆が群がり、広めるのがうれしい。情報の拡散は造作ないことで、つい気軽にやってしまう…。デマを広める心理としてよく言われるが、広めたら広めたで責任を問われる場合もあることこそ、もっと拡散されないか▲吉野さんには「談と訓」という詩もある。〈「訓」は言葉の川です/人を訓(さと)す言葉は淀(よど)みなくひんやりと行きたいもの〉。冷静なひんやりとした頭で、そろそろデマから教訓を得たい。(徹)

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