きょう国葬

 ひとことお別れを-。誰に言われたわけでもないのに、大勢の市民が長い列をつくった。自分の番が来るのをじっと待ち、静かに目を伏せ、十字を切って、思い思いの祈りをささげる。さようなら、ありがとう、あなたを忘れません▲1週間前のロンドンの厳かな光景に報道で触れながら、決して少なくない人数が同じ感想を抱いたのではないか、と想像している。「国葬」とは本来こうあるもの-と▲7月に亡くなった安倍晋三元首相の国葬がきょう営まれる。反対の声は依然として渦を巻いたままだ。「国論を二分して」まで強行すべき行事ではないだろう▲「聞く力」が身上で、就任から1年近く、慎重の上に慎重な言動を重ねてきた岸田文雄首相が“即断即決”に及んだ数少ない事柄だった。故人を弔う形式に正面からの異論など起きまい、と高をくくっていたのかもしれない。今は「丁寧な政治」の真価が問われている▲安保法制、6度の国政選挙、森友・加計問題やコロナ対応…長かった首相在任中、何回も何回も安倍さんのことを書いた。面識はない。でも、お世話になった。素直にそう思う▲そんな正負の業績を思う時間も、それを超えて静かに彼の死を悼む時間も国葬の是非論に吹き飛ばされてしまった。岸田首相の勇み足、代償の大きさを思う。(智)

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