内海賢太郎(プロデューサー)×榊原有佑(監督) - 映画『その声のあなたへ』映画を通して知らない父の姿を知ることが出来た

自分が感動したことをそのままこの映画に落とし込みたい

――内海賢二さんの声は子供のころから慣れ親しんでいて聞き続けていましたが、この映画を観て改めて凄い方だったんだなと感じました。ドキュメンタリー作品なんですけど、泣いてしまいました。

内海賢太郎:

泣いてしまったというのはどういうところからですか。

――内海賢二さんの声は、仲の良い親戚のおじさんくらい聞いた声です。俳優としても人間としても器の大きい方だというのは伺っていましたが、皆さんが語られている姿を観て、想像以上に俳優・人間として大きな方だということを再確認しました。それと同時に作品を通して慣れ親しんだ方・人間としても素晴らしい方がもういないんだなという寂しさを感じたんです。

内海:

そうなんですね。

――ドキュメンタリーパートとドラマパートの構成も素晴らしかったので、より心に響きました。

榊原有佑:

ありがとうございます。

――声優の中でも特に内海賢二さんに焦点を当てた映画を撮ることになったのは何故なんでしょうか。

内海:

CURIOUSCOPEの市村亮さんからある日「内海賢二さんの映画を撮りたい。」とお話をいただいたんです。映画本編にタケダユカさんが企画書を作って持ってくるシーンがありますが、あの感じです。

――あのシーンもリアルを元にしていたんですね。

内海:

そうなんです。最初は身内の話ですし、賢プロダクション(以下、賢プロ)のPRみたいになるのも嫌で、母とも「本人も生きていたら嫌がるだろうし断ろうか。」と話していました。ですが市村さんが凄く熱意があって、その思いを受け動き出しました。制作を進める中で条件ではないですが、「声優業界に貢献できるものにしていただければ」とお願いしました。僕もこの映画を通して知らない父の姿を知ることが出来たので新鮮でした。撮影時に僕も皆さんが語っているところに同行して聞かせていただきましたが、初めて聞くことも沢山あってとても感慨深かったです。

――この企画を受けて監督はいかがでしたか。

榊原:

僕のところに来たときはまだ「内海賢二さんのドキュメンタリーどうだい。」というざっくりとしたお話でしたが、「やりたいです。」とスグにお答えしました。その時に「なぜ、内海賢二さんなんだろう。」と思わなかったのは、内海賢二さんをドキュメンタリーになるだけの人なんだと感じていんでしょうね。

――ただのドキュメンタリーではなく、ドラマパートを盛り込んだ作品にしようというのは元々考えられていたのでしょうか。

榊原:

撮影を進めるにあたって調べたり・取材をさせてもらい、どういう映画にするべきかを考えていき今の形になりました。

――みなさんのお話を聞いた後の受け止める時間をドラマとしてタケダユカと一緒に作ることが出来ました。語りとドラマの空気感が繋がっていて素晴らしかったです。

内海:

榊原監督の手腕ですね。最初は再現ドラマを入れる案もあったんです。

榊原:

ありましたね。

内海:

それをせずに、素晴らしい形にしていただけました。

榊原:

ありがとうございます。カメラを置いてインタビューする姿を繋ぐという編集も考えたんです。ただ、事前の取材がとても面白くて、自分が感動したことをそのままこの映画に落とし込みたいと思ったんです。その思いを主人公のアニメイトタイムズ記者タケダユカに投影しました。ドラマとドキュメンタリーを上手く馴染むように構成しました。

内海:

記録をということであれば、映画ではなくTVでもいいわけですからね。

何か残さないといけない

――改めて内海賢二さんのお声は意識して聞きましたが、やっぱりいい声なんで楽器みたいなんです。ご出演されているレジェンドのみなさんの声も素晴らしいので、その声をいい音響で聞きたいというのはファン心理としてはあります。

榊原:

分かります。音・発声の面でプロはやっぱり違いますね。

内海:

僕も予告編を見たときにみんなの音圧から流石プロだなと感じました。楽器とおっしゃられましたが本当にその通りで、それだけ入ってくる声なんだなと感じました。その素晴らしい声を映画館で聞きいてもらいたいですね。

――演じられる役柄によって全然印象が違うので、そこも曲ごとに違ったイメージを感じる楽器のように感じたのだと思います。柴田秀勝さんが「台詞は歌うように。」とおっしゃられていることに繋がっているなと感じました。

榊原:

確かにそうですね。

――奥様である野村道子さんをはじめレジェンドのみなさんも元気な姿を映像で観れたのも嬉しいです。

内海:

分かります。業界的にもこういったみなさんのインタビューを集めた記録がないんです。TVではあったかもしれないですけど。

――バラエティー的な番組で少しお話しされているくらいですよね。

内海:

アニメも歴史を重ねてきている中で黎明期から日本のアニメを支えてくださってきた方々が亡くなられてきている。そんな中で何か残さないといけないということは業界全体としても話していたんです。

榊原:

この映画を作る意味についても話し合いました。「記録として残すだけでも凄く価値があるからやりましょう。」と話したのを覚えていますね。

――訃報を聞くまでは、僕より長生きするんじゃないかと思う方ばかりですよね。

榊原:

キャラクターは年取らないですからね。羽佐間道夫さんも年齢を感じなかったです。

――声を聞くと作品の画が浮かぶんです。作中でも語られていますが昔のアニメはCGもないしアナログな部分も多く今よりも絵に制限があり、絵も今ほど動かせない中で役者さんの力に支えられている部分がより強くかった。その声・演技の力強さがあるので、人知を超えたキャラクターと役者のみなさんがシンクロするんですよね。

内海:

生涯現役でやられるというのは人並みの苦労ではないと思います。やらなければそれだけ衰えてしまいますし、70歳・80歳までとなると健康管理も含めて声帯の訓練もより大切で、父も毎日発声をやっていましたからたゆまぬ努力の賜物です。

――賢プロの分裂など、苦労話を盛り込まれたのは何故ですか。

榊原:

賢太郎さんからは「固有名詞さえ出さなければNGはない。」といただいていたんです。内海賢二さんは日本の声優がどのように今に至っているかの時代を生きてきた方なので、本当に深く描くためにはそういった部分もしっかりと描けないと思いました。

内海:

独立騒動がなければ僕は賢プロを継いでいなかったですし、僕も母も方々で包み隠さず話しているので、さらけ出すことに抵抗はなかったです。

――声優業界の事件ということではストライキも盛り込んでいますが。

榊原:

あの世代の人たちは何故あんなに個性があるのだろうオーラがあるんだろうとなったときに、三間雅文さんもおっしゃられていましたが、賃金が上がったことで淘汰され個性がある人しか生き残れなかったということもあると思うんです。そういう部分も含めて今の業界をつくっているレジェンドがいかに凄いのかということの理解にも繋がると考えて描きました。

――三間さんも「製作費で考えると大変だけど、この人に頼まないと作品としての命を吹き込めない」とおっしゃられていて、まさに通りだなと思いました。今も昔もアニメは絵であることは変わらない、生身の人間ではない分、表情を付ける・周りの風景のリアリティ表現はどうしても限界があります。そこに声優のみなさんが命を吹き込んでくれるので人間味が出て作品に深みがでる、描かれている以上の情報を感じてリアリティが生まれるんだと思います。私も小学生低学年のこときに観ていた『北斗の拳』は現実に起こるんだと思いました。

内海:

『北斗の拳』は描写の過激さから再放送が出来なかった作品ですけど、そのころに観ていたんですか(笑)。

――そうなんです。私は小さい頃は、特撮で怪人が出てきたら怖がって隠れていたらしいんです。でも、『北斗の拳』は観れていたんですよ。小さい頃はアニメも実写もどちらも現実のように受け止めていて、境界がないじゃないですか。それでも観れていたということは、ラオウの声を通して内海賢二さんの人間味を感じていたんでしょうね。

内海:

そう感じていただけたのであれば、父も喜びます。

――演じている声でもそう感じたくらいで、後輩の面倒見も良い方だと聞いていた内海賢二さんが父親としての接し方に戸惑いがあったというのが意外でした。

内海:

劇中で柴田さんがおっしゃられていますが「内海賢二を演じていた。」ということなんでしょうね。あの言葉は凄く刺さりました。社長として、役者として、父親として、使い分けていたということはないんですけど、こうでないといけないという理想があってそれを意識していたのかもしれないです。父は小さい頃に両親を亡くしていて、気を使って生きてきたのが染みついているように思います。僕から見ても気を使っているなと思うところがあって、「そんなに気を使わなくてもよくない。」と言ったこともあるんです。「いや、いいんだよ。」って、「感謝の気持ちを持ち続けないといけない、人に良くしなさい。」とは言われ続けて、それが僕の中にも残っています。だからこそ、沢山の人に愛され、ご出演いただいた皆さんにもご出演を快諾いただけたんだと思います。

――お話しされている皆さんの目がキラキラしていたのが印象的でした。

内海:

カメラの前でもそれ以外でもお話しされていることが変わらなくて、自然にお話しいただけました。

――あえて、よく言おうとしていないのがいいですよね。私なんかは後輩を育てることがライバルをつくることになるんじゃないかと思ってしまうこともあるので、内海賢二さんは若くして賢プロを立ち上げて後進を育てられていますから凄い器が大きいなと。

内海:

立ち上げたときは個人事務所なので自分のための事務所なんです。なので、母がマネジメントも兼ねて入ってきて、野沢那智さんのマネジメントをしていたりとか、人が増えてきてスタッフがそちらに回ったときは「俺のための事務所じゃないのかよ」とは言っていましたよ。

――それは意外です。

内海:

先輩後輩の付き合いと会社の代表とマネジメントするというのは違いますから。賢プロを立ち上げたときはここまで人が増えることを想像もしていなかったです。内海賢二の人徳もあって人が集まってきたこともあって、自分が前に立って人の育成をしなければいけないと意識が変わっていったんだと思います。

――演技指導はどのようことをされていたのですか。

内海:

芝居のことで細かいダメ出しをして、演技論を語るということはなかった気がします。それよりは、基礎や人として大事なことを伝えていた印象ですね。

――役者によって演じ方・アプローチの仕方は変わりますからね。求められることも違うとなると、得意なことを伸ばすということの方がいいということなんでしょうね。

内海:

そうですね。

まっすぐに声優というお仕事に向き合ってこられた

――本作はどれくらいの期間をかけて撮られたんですか。

榊原:

密着ではないので飛び飛びになりますが、期間としては1年くらいかけてます。みなさん本当にたくさん話していただけました。1時間は当たり前で、人によっては3時間以上の方もいらっしゃって。

――それをディレクター版のような出す予定は。

榊原:

とても貴重なものなので、何かの形で出さないといけないとは思ってます。最初はドキュメンタリー作品なので100分くらいを考えていたんです、でも実際は115分になりました。

――私も観ていて、長いと感じませんでした。

榊原:

ありがとうございます。それでも、泣く泣くカットは沢山あるのでどこかで出したいですね。

――それだけ話したいことが皆さん合ったんですね。榊原監督は実写作品が多いので、声優さんと接する機会はそれほど多くないと思いますが、声優のみなさんにお話を聞かれていかがでしたか。

榊原:

エネルギーが凄いです。みなさんまっすぐに声優というお仕事に向き合ってこられたんだなということを感じました。お話を聞いて内海賢二さんもそういう方だったんだなと思いました。1つのことを純粋にやるという、その強さは学ぶべきところですね。

――その強さがあるので、内海賢二さんの声を聞くと思わず振り返ってしまいますよね。

内海:

僕もTVから聞こえてくるとドキッとしてしまいます。みなさんにもそう思っていただけているのは光栄ですね。

――お仕事に対して真摯に向き合ってこられていて、常に120%・130%だからこその力強さなんでしょうね。

内海:

ありがとうございます。

――はじめは恥ずかしいという思いもあったということですが、完成した作品を観られていかがでしたか。

内海:

自分の父であり、役者の内海賢二を描いていただけてとても感謝しています。映画を通して皆さんが語る内海賢二とのエピソード・話した言葉を観ていただけるというのはとても嬉しいことです。声優になりたいと考えている方には何か役に立つとおもいますし、声優をそれほど意識して触れてこられなかった方々にも、観ていただけると感じるものがあるんじゃないかなと思います。ドキュメンタリー作品というと固いイメージがありますが、多くの方に観ていただきやすい映画になっています。それは榊原監督の手腕によるころです、ぜひ多くの方に観ていただきたいです。

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