馬肥ゆる秋に

 中国の故事が日本に伝わり、意味がまるで変わった慣用句がいくつかある。〈天高く馬肥ゆる秋〉はその代表例だろう。秋になると肥えてたくましく育った馬に乗って、辺境から異民族が攻めてくる。警戒せよ。元はそんな意味だったという▲空は澄んで高く見え、馬も肥える心地よい季節…と、今では「食欲の秋」を指すことが多い。守りを固めよ、という警告が、いつしかのどかな時候の言葉になった▲この上なく緊迫した場面だというのに、岸田政権には日本的な〈馬肥ゆる秋〉を思わせるのんきさも漂う。経済再生担当相だった山際大志郎氏を事実上、交代させたが、わざわざ最悪のタイミングを待っていたようでもある▲旧統一教会との接点を「記録にない」「記憶にない」と言い続けたが、2年連続で教団トップに会っていたことが明るみに出ると、逃げ場を失った。山際氏に「しっかり説明するから大丈夫」と言われて、岸田文雄首相は様子見をしていたという▲その末に、経済対策の発表を目の前にして辞任した。何のために山際氏を続投させていたのか。首相自身、説明する言葉が見つからないだろう▲「後手に回る」「遅きに失する」という政権への形容は、もはやなかなか変えがたい。気を引き締める警告を、一体いつになれば心に刻むのだろう。(徹)

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