追悼演説

 〈…「約束ですね」と念を押す安倍さんの声は、心なしかひっくり返って聞こえた〉と、この欄に書いた10年前の党首討論を懐かしく思い起こした。ストリートのつじ立ちで鍛えたこの人が折り紙付きの“演説の名手”だったことも▲「先人たちが味わってきた『重圧』と『孤独』をわが身に体したことのある一人」として一昨日、立憲民主党の野田佳彦元首相が安倍晋三元首相の追悼演説に臨んだ▲自ら提唱した「再チャレンジ」を実践して見せたのは真骨頂だった、「諦めないこと」を説得力を持って語れる政治家だった-と安倍氏をしのんだ。「火花散る真剣勝負を再び戦いたかった。勝ちっ放しはないでしょう、安倍さん」▲故人をひたすら美化するばかりではなかった。「あなたが放った強烈な光も、その先に延びた影も、言葉の限りを尽くして問い続けたい」。それは「あなたの命を理不尽に奪った暴力の狂気に打ち勝つ力は、言葉にのみ宿るから」だ▲力強い決意の言葉で演説を結んだ。暴力に怯(ひる)まず、臆さず、街頭に立つ勇気を持ち続けよう、真摯な言葉で建設的な議論を尽くし、民主主義を健全で強靱(きょうじん)なものへ育て上げていこう-▲聞く者全ての胸を打った演説は、国会会期中の大臣交代を詫びた首相の言葉と同じ日の議事録に刻まれて、後世へ。(智)

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