日本代表、W杯に出場した「Jユース出身最強ベストイレブン」

7大会連続でワールドカップに進出してきた日本代表。

ここではJリーグクラブのユース出身者としてW杯に出場した選手でベストイレブンを組んでみた。

権田修一(FC東京U-18)

2014年出場

今季ACLなどで再び評価を高めている西川周作と迷ったものの、ここは現在のチームでレギュラーに一番近いと目される権田修一をチョイス。

所属する清水エスパルスは残留争いの渦中にあるが、日本代表でのパフォーマンスは予選を通して安定していた。カタールの地でも日本のゴールマウスに鍵をかけてほしい。

酒井宏樹(柏レイソルU-18)

2014、2018年出場

2014年のブラジル大会は内田篤人の控えに終わったが、4年後のロシア大会では主力として奮闘。ベスト16進出に貢献した。

フランスリーグで培った対人の強さは森保一監督率いるチームでも群を抜いており、ドイツやスペインと対峙するカタールの舞台でも日本代表の大きな力となるはずだ。

宮本恒靖(ガンバ大阪ユース)

2002、2006年出場

森岡隆三の控えであったが、ベルギー戦で彼が怪我をしたことで「フラット3」のコントロールタワーとして起用されることになった。折れた鼻骨を保護するためのマスクから「バットマン」のあだ名も。

日本代表でのハイライトは、2004年アジアカップのバーレーン戦。PK戦のスポットの芝が脆いことによって日本代表のキッカーが失敗を続けたため、審判に英語で掛け合ってエンドを交換させた。それが川口能活の連続セーブと逆転勝利を導いている。

吉田麻也(名古屋グランパスU-18)

2014、2018年出場

ユース時代は主にボランチとして出場。プロとなってから本格的にセンターバックへコンバートされ、欧州で経験を積み「日本歴代最高のセンターバック」と呼ばれるようになった。

ロシア大会後に長谷部誠から日本代表のキャプテンマークを受け継いでおり、おそらく代表活動の集大成となるカタール大会で史上初のベスト8進出を目指す。

駒野友一(サンフレッチェ広島ユース)

2006、2010年出場

アテネ五輪世代の名クロッサー。40代になった今もFC今治で現役を続けている鉄人である。2006年大会はオーストラリア戦に出場するも、その後は加地亮にポジションを奪われた。

2010年大会では長友佑都との両サイドバックで固定されベスト16進出に貢献するも、パラグアイ戦ではPK戦で失敗…。大きな批判を受けることになったが、駒野自身の知名度は非常に上がり、「パラメヒコマン」としてCMにも出演した。

阿部勇樹(ジェフユナイテッド市原ユース)

2010年出場

高校生でジェフのトップチームでレギュラーを獲得し、その精密なキックから「アベッカム」とも呼ばれていた。アテネ五輪予選では茂庭照幸に防がれてしまった惜しいフリーキックで話題を呼んだ。

2010年大会では直前に岡田武史監督が4-1-4-1へのシステムチェンジをしたことでアンカーに抜擢され、チームで最も重要な役割を任されることに。そこで獅子奮迅の活躍を見せ、グループ突破に貢献。

遠藤航(湘南ベルマーレユース)

2018年出場

前回のロシア大会はメンバー入りしながら出場なしに終わった遠藤航。その悔しさを胸に大会後に欧州へ移籍し、今やドイツ・ブンデスリーガの「デュエル王」となった。

日本代表での立場も劇的に変化。現在は強度を重視する森保一監督のもと中盤の大黒柱となっており、吉田麻也後のキャプテン最有力候補だ。

稲本潤一(ガンバ大阪ユース)

2002、2006、2010年出場

Jユース初期の「天才」と言えばやはりこの選手だろう。当時最年少の17歳6か月でJリーグデビューを果たし、17歳7か月でJリーグ初得点を記録した。

ワールドカップは3大会に出場。特に自国開催の日韓大会では、初戦のベルギー戦、そしてロシア戦でゴールを決め、若き日本代表を象徴する選手の一人となった。

原口元気(浦和レッズユース)

2018年出場

浦和レッズ時代は突破力のあるアタッカーとして活躍し、ドイツで攻守両面に優れたMFへと成長。ヴァイッド・ハリルホジッチの日本代表では、突如ボランチで起用されたこともあった。

ロシア大会は主に右サイドで起用され、ベスト16進出に貢献。ベルギー戦の先制弾はキャリアにおけるハイライトの一つとなるはずだ。

宇佐美貴史(ガンバ大阪ユース)

2018年出場

ガンバユースが生んだ天才アタッカーは、不運にもワールドカップの舞台で輝けなかった。若くしてドイツに渡ったもののバイエルンの厚い壁に阻まれ、再び海外移籍も苦戦。フォルトゥナ・デュッセルドルフに所属していた2018年大会時も主力とは言い難かった。

本大会ではセネガル戦で途中出場、そしてポーランド戦で先発したものの、目立った活躍はできず。もっといいタイミングでワールドカップを迎えていれば…。

柿谷曜一朗(セレッソ大阪U-18)

2014年出場

ザックジャパンでワールドカップに出場したことがあまり知られていない柿谷曜一朗。2013年に行われた東アジアサッカー選手権で招集されエースとして活躍したことにより、メンバーに定着している。

大迫勇也や大久保嘉人がいた前線、そして本田圭佑や香川真司がいた2列目のバックアップとして2試合に途中出場している。

最後は例外的なケース。

香川真司(FCみやぎバルセロナユース)

2014、2018年出場

街クラブの星。2010年の南アフリカ大会は登録メンバーに入らなかったものの、サポートメンバーとして参加し、練習でのパフォーマンスは際立っていたという。

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待望の初出場となったブラジル大会は持ち味を発揮できず。しかし4年後、ロシア大会では1トップの大迫勇也を的確にサポートしたほか、自らも初戦のコロンビア戦で貴重な先制点を決めている。

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