引退目前から輝きを取り戻した鄭大世 今持っている“幸せ”を数えたら、人生が変わった

サッカーJ1清水エスパルスでも活躍した、J2町田ゼルビアの鄭大世(チョンテセ)選手が2022シーズン限りでの現役引退を発表しました。

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“人間ブルドーザー”の異名の通り、相手DFを吹き飛ばすほどのパワフルなプレーとゴール前での繊細さを兼ね備えたストライカー。J1通算181試合65得点、J2通算130試合46得点と、川崎、清水、新潟、町田、さらに海外クラブでも結果を残し続けた男が、ついにスパイクを脱ぎます。

清水時代は毎年、スタジアムへと続く桜咲く坂で家族写真を撮っていたという/提供:鄭大世選手

練習後はサッカー以外の勉強にも熱心で、自分の言葉で語れるJリーガーでした。その鄭大世選手、今から3年半前には、既に「引退」の2文字が脳裏にちらついていたとか。そこから這い上がった原動力とは。鄭大世選手を見続けてきたSBSテレビの牧野克彦アナウンサーが振り返ります。

2019年シーズン序盤、鄭大世選手はベンチを温めることが多くなっていましたが、49回目の静岡ダービー(2019年4月14日)ジュビロ磐田対清水エスパルス戦では、先発出場。豪快なヘディングで先制弾を決め、チームに大きな勝利をもたらします。

その試合を実況した私が、非常に印象に残っているやりとりがあります。

ダービー前日。クラブハウスの横に佇む鄭大世選手に声をかけると、訥々と話してくれました。

「ずっと、エースを張ってきたのに、去年から今年初めはメンバーから外れて、恥ずかしかった。35歳になって、試合に出ていないと引退がちらつき不安になる。ライバルを褒める声が気になる。監督には何で俺を使わないんだよ、という思いが募る。ただ、先発外れはケルン時代もあったし、韓国での2年目と、今回で3回目だった。ここで文句を言っていたらまた精神状態は最悪のドツボ。同じことの繰り返しではないのか。変わらなければと自分に言い聞かせた。それで尊敬するある経営者の方に会いに行ったら、『今持っている幸せの数を数えろ』と言われた」

「大学まで、砂の上でプレーしていた男がワールドカップに出場。ブンデスリーガまで行けたこと。今は素敵な家族を持って良い家に住めていること。毎日サッカーに没頭できる環境にいて、静岡の人々に愛されていること。数えたらたくさんあった。全ては自分が悪かったと受け入れて、ワガママ言っている暇があったら、35歳でプロサッカー選手・鄭大世でいられることに感謝して、そこに集中しようと決めた。すると、気持ちが落ち着き、またチャンスが巡ってきて、先発である幸せを今感じています」

幸せにフォーカスする。

この気付きも貴重なものだと思いますし、代表を経験したほどの選手が「恥ずかしかった」と素直に言えるところにも鄭大世選手の人間力を感じました。その翌日、会心の先制ゴール。背水の陣で臨んだ男の覚悟を見ました。実況しながら、私も涙が出るほど昂ぶりました。

試合当日、実は朝から鄭大世選手は泣いていました。ラッパーAK-69さんの歌に「引退まぎわの選手が輝きを放つ」という意味合いの歌詞があり、その曲を聴きながら…。あの瀬戸際から更に3年半も現役で輝かれたことを心から尊敬致します。

文:牧野克彦(SBSアナウンサー)

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