高齢ドライバーの悲痛

 歌人の永田和宏さんに、苦笑いを誘う一首がある。〈思い出せぬ名前はあわれ二駅を話しつづけてついに浮(うか)ばぬ〉。電車で知人に会い、ふた駅を走る間、会話を交わした。ところが、相手の名前がまるで思い出せない…▲ふと、老いを意識した場面らしい。当方もその一人だが「分かるなあ」と思う方も少なくないだろう▲年を取ったと感じる出来事が「ちょっと笑える話」になる。そういう場合もあれば、悲痛としか言いようのない場合もある。高齢ドライバーが起こした大事故は、その極みに違いない▲福島市で、97歳が運転する軽乗用車に女性がはねられ、亡くなった。神戸市では、77歳が運転する車がコンビニに突っ込み、客がけがをした。胸の痛む事故がここ数日のうちに続く▲高齢ドライバーの事故で目立つのは、ブレーキとアクセルの踏み間違いといった運転操作のミスらしい。福島市の事故では、車が数十メートルも歩道を走っていたというが、運転中の97歳に何が起きたのだろう▲自動ブレーキを備えた車に運転を限定する免許が導入されたりと、いくらか手は打たれている。難しいと分かっているが、運転しなくても生活できる環境づくりにも絶えず知恵を絞りたい。人生の最終章で起きる惨事は当事者だけでなく、社会の悲しみであり、痛みでもある。(徹)


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