瀬戸内寂聴さんの言葉

 〈たいへんですね、おつらいでしょうね〉と、瀬戸内寂聴さんは法話を聴きにきた人たちに語りかけた。腰や足が痛い人を慰めるためだが、あとで〈痛みを本当にはわかっていなかった〉ことに気付いたと、晩年のメッセージ集「老いも病も受け入れよう」(新潮文庫)にある▲ご自身が病気になって初めて、人のつらさに気付いた。悩み苦しむとそのぶん、想像力が育つ。思いやりとはつまり「想像力」なのだと思い至ったらしい▲昨年11月、99歳で亡くなった。2015年の夏、長崎市で美輪明宏さんとのトークショーが開かれたが、一周忌に合わせて先日、その上映会があり、「思いやり」の一節に重なるような言葉に触れた▲平和も病気も老いも、お二人にかかれば笑いを含んで軽妙に語られる。観客から寄せられた「お悩み相談」に答える場面で「不治の病の父にどんな言葉をかけたら?」という問いに、瀬戸内さんは「背中をさすってあげて」と答える▲「言葉よりも、心で見たことを手に表すのよ」。心を想像し、思いやり、手で伝えればいい、と。一方で、戦争へのメッセージを求められると「絶対にいけない。殺すなかれ、殺させるなかれ」と断言した▲語る言葉は要らない時がある。語らねばならない時がある。どっちも大切にね。どこかで声がする。(徹)


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