日本ではなぜ賃金が上がらないのか−−2023年に考えられる労働市場の変化とは?

世界経済に大きな逆風が吹いています。

長引く新型コロナウイルスの感染流行、ロシアのウクライナ侵攻、歴史的なインフレとその抑制のための金融引き締め……これら全てが、経済見通しに重くのしかかっています。


日本と海外の賃金推移比較

国際通貨基金(IMF)が2022年10月に発表した「世界経済見通し」によると、世界経済の成長率は、2021年の6.0%から、2022年には3.2%、そして、2023年には2.7%へ鈍化する見込みです。

日本の2023年の成長率は1.6%と予測されていますが、これはアメリカの1.0%、イギリスの0.3%、ユーロ圏の0.5%よりも高くなっています。日本と欧米諸国の間で、インフレとそれに対する金融政策の違いがあることがその大きな理由です。

インフレについては、アメリカのインフレ率は11月に7.1%、ユーロ圏は10%とそれぞれ前月より鈍化。連邦準備銀行や欧州中央銀行は、利上げのペースを減速させたものの、インフレが問題という姿勢は堅持しており、市場は金融引き締めによる不況への警戒を強めています。日本の消費者物価指数は11月に前年同月比で3.8%と欧米諸国に比較すると低いものの、電気代やガス代は20%以上の値上がりとなっており、国民生活に影を落としている状況です。

日本政府は、物価高対策を柱とする第2次補正予算を12月2日(金)に成立させました。電気・ガス料金の負担軽減に6兆円を充て、インフレ率を1.2ポイント程度押し下げる考えです。もっとも、財政で物価を押さえつける対策は一時的な痛み止めにすぎず、持続的な賃上げなど、インフレ耐性を高める取り組みが欠かせません。

厚生労働省が12月6日(火)に発表した10月の毎月勤労統計調査によると、一人当たりの実質賃金は7ヵ月連続で減少し、前年同月比でマイナス2.6%でした。物価の伸びに賃金が追い付かない状況が続いていると言えます。

ここであらためて、日本の賃金の推移を確認すると、この25年間、ほとんど賃金があがっていないことがわかります(図)。一方、賃金は、アメリカやイギリスでは約1.4倍、ドイツでも約1.2倍になっており、先進諸外国では賃金が大きく増加しています。

出所:OECD「Average wages」より筆者作成

日本の賃金が上がらない理由

では、どうすれば賃金をあげることができるのでしょうか?

賃金の決定要因はさまざまであり、何かひとつで日本の低賃金が説明できるというものではありませんが、主要因として労働生産性の低迷と日本の労働市場が上手く機能していないことがあげられます。

賃上げは経営判断であり、その基本は労働生産性と経済見通しです。生産性を上げるためには、付加価値を増やすと同時に、経済の新陳代謝を高めて経済を成長させる必要があります。

そこで重要になるのが、流動的な労働市場です。

2022年11月の「新しい資本主義実現会議」で、岸田首相が2023年の6月までに労働移動円滑化のための指針を取りまとめる方針を示しましたが、この方向は正しいと考えます。労働市場が流動的な経済では生産性が高くなることや、賃金成長率が高くなることはデータからも示されています。

また、労働市場の流動化は、労働者個人にとってもメリットをもたらすと考えられます。よく、労働市場が流動化すると、解雇が容易になり、雇用が不安定になると懸念されますが、むしろ逆です。個人がそれぞれの事情や価値観にしたがい、最適なキャリアを実現するためには、労働者に雇用機会を多く与える流動的な労働市場の方が望ましいのです。

さらに言えば、好むと好まざるとにかかわらず、日本で働き方や雇用のあり方は変わらざるをえない状況です。それは、「雇用は生産の派生需要」だからです。雇用は生産活動があってはじめて生み出される−−つまり、経済や社会の構造が変わり、生産活動が影響を受ければ、雇用、働き方、さらには労働市場のあり方は変わらざるをえなくなります。

日本経済は、人口構造の変化、人工知能・自動化などのテクノロジーの進歩、さらに地球温暖化対策のためのグリーン化というメガトレンドの変化に直面しています。メガトレンドが変化する中、個人がライフスタイルに合わせて最適なキャリアを実現するためには、働き方や雇用のあり方は柔軟でなくてはなりません。

しかしながら、日本の労働市場は硬直的で、柔軟な働き方が難しいのが現状です。そのため、労働市場の流動化を進める大胆な改革が必要となります。

特に重要なのが、労働成果に応じた賃金体系を構築することです。日本企業で一般的な年功序列型の賃金体系では、労働者の生産性と賃金が一致しないという課題があります。若者は生産性が高くてもそれに見合う賃金を受けることが出来ず、また、勤続年数が長くなると、賃金に見合うほどには生産性が上がらなくなるため、企業は高齢者を雇うインセンティブを持ちにくくなります。

一方、労働成果に見合う賃金体系ならば、企業は年齢にかかわらず労働者を雇うインセンティブを持ち、結果として全ての世代が雇用機会に恵まれることになります。また、こうした報酬システムのもとでは、テレワークなどの新しい働き方も活用しやすくなると考えられます。

大企業の一部では、賃金制度や年金制度の見直しが進んでいます。2023年はこうした動きを加速化し、優秀な若者、女性、高齢者、外国人労働者が働きやすいように、人材登用や適材配置の大改革を進めるべきである、と筆者は考えます。

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