80年ぶりに宇都宮市に“帰還” 数奇な運命たどった書物

「宇都宮郷土誌料 沿革之部ノ内」

 1945年の宇都宮空襲で全焼した旧宇都宮市役所内にあったとされる貴重な書物が10日、約80年ぶりに“帰還”を果たした。所有者の歴史研究家大嶽浩良(おおたけひろよし)さん(77)=今宮3丁目=が「永久に市民のものにしたい」と市に寄贈した。この書物は平安時代から明治末期までの宇都宮の歴史が記されており、戦火で焼失したとみられていた。

 書物名は「宇都宮郷土誌料 沿革之部ノ内」。宇都宮の名前の由来や宇都宮城の成り立ち、神社やお寺、街がどうやってできたのかなど、全て手書きで記されている。

 編さん時期の記載はない。大嶽さんや市教委文化課は、明治期の末ごろと推定している。明治40年代、地方改良運動の一環として、全国各地の自治体で郷土誌編さんが行われた。県内でも当時の他の自治体の「郷土誌料」は残っており、項目の内容が一致する。

 また表紙には「図第一号」とある。戦前、宇都宮には図書館がなかったことから、大嶽さんは「市職員が見るための図書で、その中でも最初に作られたもの」と解釈する。市制施行で宇都宮が市になったのは1896年。同課も「市作成の史料としては古く、貴重」としている。

 では、なぜ空襲を免れたのか。旧市役所は今のNHK宇都宮放送局付近にあったが、空襲で全焼している。大嶽さんは「当時の職員がたまたま持ち出したのではないか」と推測する。

 大嶽さんが発見したのは、十数年前。歴史研究の史料調達などのため県内の古書店を巡っていた際、偶然手にした。「初めて見たときに1冊しかないと直感した」という。

 この書物を「鎌倉、室町時代の宇都宮の歴史を知る上で、大変貴重な史料」と説明する大嶽さん。書物をひもとく中で、当時の宇都宮に「地蔵堂郷」という集落があったことが新たに分かった。

 寄贈の理由について「本来は宇都宮市の書物。里帰りさせたかった」。同課は「戦前の史料というだけで貴重。大変ありがたい」と喜んでいる。新年度、毎年恒例の展示会「うつのみや新発見伝」で披露し、多くの市民に見てもらう考えだ。

「宇都宮郷土誌料 沿革之部ノ内」。全て手書きで記されている

© 株式会社下野新聞社