「障害者は喜んで農園で働いている」はずが…国会がNGを出した障害者雇用〝代行〟ビジネス  大手有名企業を含め800社が利用

国会議事堂=2022年5月、東京・永田町

 企業や官公庁は従業員の一定割合以上、障害者を雇うことが法律で義務付けられている。障害者が社会参加でき、一緒に働くことで障害への理解や「共生」が進むという理念があるからだ。しかし、障害者雇用を負担に感じ、法で定められた割合を満たせていない企業も多い。そんな中、貸農園などを企業に提供し、働きたい障害者も紹介して雇用を事実上、代行するビジネスが広がっている。利用している企業は大手有名企業を含め約800社。運営事業者は「雇用の場を創出し、障害者が喜んで働いている」とPRする。ただ利用企業の大半は農業とは無関係で、多くの場合、農作物が市場に出ることはない。「お金を払って雇用率を買っているようなものだ」と物議を醸すこのビジネス、国会でも取り上げられ、政府が動き出す事態になった。(共同通信=市川亨)

厚生労働省が入る中央合同庁舎第5号館

 ▽引き上げられる法定雇用率
 障害者雇用促進法は現在、一定規模の企業は障害者を従業員の2・3%以上雇うよう定めている。国や自治体は2・6%だ。この「法定率」を下回ると、対象企業は不足1人につき原則、月5万円の「納付金」を徴収されるが、達成企業は2022年6月現在、半分未満にとどまる。
 法定率は、10年前は1・8%。そこから、実際の雇用率の上昇に伴い徐々に引き上げられてきた。厚生労働省は来年4月に2・5%、26年にはさらに2・7%に引き上げる予定だ。
 ただ、障害者の雇用に二の足を踏む企業も多い。企業から見て「雇いやすい」身体障害者や軽度の人は既に雇用されている。働きたい知的障害や精神障害の人は多くいるものの、仕事内容や勤務時間などに配慮が必要なためだ。一方で、法定率を満たしていないと、企業はコンプライアンス(法令順守)意識を問われるほか、官公庁の入札で不利になることもある。

 

 ▽「三方よし」
 そこで2010年ごろに登場したのが、貸農園を活用した障害者雇用ビジネス。仕組みはこうだ。
 (1)働きたい障害者と指導役を企業に紹介し、就労場所として貸農園を提供
 (2)企業から人材紹介料や農園利用料を受け取る
 (3)各企業が障害者らと雇用契約を結ぶ
 (4)複数の企業の障害者を農園に集め、野菜などを栽培する
 農園は企業の拠点とは離れた場所にあり、ビジネス事業者が運営。企業は採用や業務指導の手間を軽くできる。働くのは知的、精神障害者が多い。
 利用企業の多くは障害者を雇うために農作物の栽培を開始することになる。作物は子ども食堂や社員食堂で活用されることもあるが、大半は福利厚生として利用企業の社員に無料で配ったり、障害者が持ち帰ったりする。
 利用企業は法定雇用率を達成でき、ビジネス事業者は利益を上げられる。障害者にとっても、福祉作業所での工賃は全国平均で月約1万6千円だが、企業に雇用されれば十数万円の月給が得られ、金銭面ではメリットがある。ビジネス事業者は「三方よし」とうたう。

 

日本障害者協議会の藤井克徳代表

 ▽「柔らかな障害者排除」
 ただ、障害者の福祉や就労支援に取り組む人たちの間では、違和感を訴える声が以前から上がっていた。主には以下のような三つの指摘がされている。
 (1)障害者と一緒に働き、企業自らが工夫や配慮をして失敗も苦労も共にすることが真の共生だ
 (2)物やサービスを生み出したり、何らかの形で事業に貢献したりすることで給与を受け取るのが本来の雇用や労働のはずだ
 (3)農業を事業にしていないので、品質の良い野菜を作っても、高く売れることもなければ給与が上がることもない。それでは職業的な成長は望めない
 全国約60の障害者団体でつくる「日本障害者協議会」の藤井克徳代表はこう話す。「『法律は守らないといけないけど、障害者を雇うのは面倒だ』という企業の意識が透けて見える」
 その上でこう指摘した。「働いて生み出した成果物が賃金につながっておらず、本当の意味での『働く』とは言えないだろう。法定率という量は満たしていても、雇用の質は置き去りにされている。気付きにくい柔らかな形だが、本質的には障害者の排除だ」

エスプールプラスの農園=2022年11月

 ▽厚労省は対応策の構え
 こうした批判を受け、厚生労働省は2022年1月から全国の労働局を通じて実態を調査。調査結果や共同通信の取材によると、運営方法や料金は異なる点があるものの、十数の事業者がこのようなビジネスを手がける。農園は22年11月末現在、首都圏や愛知県、大阪府、九州を中心に85カ所あった。
 利用企業は東京など大都市圏を中心に約800社あり、有名企業も複数含まれている。働く障害者は合計約5千人に上る。
 国会では2022年12月、障害者雇用促進法の改正法が成立した。その際、衆参両院は付帯決議で「代行ビジネスを利用しないよう企業の指導などを検討すること」を政府に求めている。厚労省は3月までに対応策を打ち出す方針で、障害者雇用対策課は取材にこう答えた。
 「法律では労働者が能力を発揮・向上できる機会を求めていて、こうしたビジネスは雇用の質という点で疑念を抱かざるを得ない。改正法では、能力開発の責務を明確にした。全体的に雇用の質向上や企業への支援強化に取り組みたい」

貸農園での障害者雇用ビジネスを手がけるエスプールプラスの企業向け説明資料。企業の負担削減をうたう文言が見られる

 ▽給与は農作物への対価ではない
 貸農園での障害者雇用を支援する事業者の最大手として知られるのが「エスプールプラス」という会社だ。2010年からこのビジネスを始め、首都圏や愛知、大阪で30カ所以上を運営し、昨年10月末時点で利用企業は約500社、働く障害者は約3千人に上る。
 PR資料では「雇用創出を通じて、ノーマライゼーション社会を実現」「農園を活用したSDGs(持続可能な開発目標)」などとうたう。
 利用する大手金融グループの担当者はこう意義を強調する。「農作業が特性に合う障害者もいて、野菜を食べた社員からの感謝の言葉で喜んでいる。一般社員が農園で一緒に作業する研修も実施しており、『心のバリアフリー』に役立っている」
 批判に対しては「社員が定期的に農園を訪れており、『代行』とか『雇用率を買っている』という指摘は当たらない」と話す。障害者への給与は「農産物ではなく、研修の機会を提供してもらっていることへの対価だ」と説明した。
 ただエス社の企業向け資料では「人材発掘から雇用継続アドバイスまで一貫サポート」を掲げ、「企業負担100%削減」との言葉も見られた。

エスプールプラスの貸農園で働いたことがある千葉県内の男性=2022年12月

 ▽「1日の大半が休憩時間」
 エス社の農園で働いた経験がある千葉県内の50代男性に話を聞くことができた。男性は「仕事はとにかく楽だった」と振り返る。
 発達障害があり、6年ほど前、エス社の募集広告を見て応募。雇用契約を結ぶ企業は自分で選ぶことはできず、エス社に決められ、都内の機械メーカーだったという。
 「水やりや収穫などの仕事はすぐに終わってしまい、1日の大半が休憩時間だった」と証言。自身への月給約11万円とは別に、企業が人材紹介料や農園利用料としてエス社に数百万円以上を支払っていることを後に知った。「イメージアップのために雇用率をお金で買っていると言われても否定できないのでは」と話した。
 一方、知的障害のある子どもの親からは「障害年金だけでは生活できない。良い話だと思う」との声も上がる。
 ただ、知的障害者はこのビジネスの構造や問題点を理解するのは難しい。「高い給与がもらえるのだから、いいじゃないか」。そんな意見に対し「何だかばかにされている気がする」と言う親もいた。

 

慶応大の中島隆信教授=2022年11月

 ▽「成長への投資」という意識を
 エス社は取材に応じなかったが、共同通信が1月上旬にこの問題を報じ、記事が各地の新聞に掲載されると、ホームページで見解を発表。「雇用の『代行』との指摘は実態から乖離している。利用企業に対しても不当な評価だ」と反論した。「障害者雇用のあるべき姿が形成されることを望む」としている。
 だが、国会で問題視された「代行ビジネス」がエス社などを念頭に置いたものであることは、厚労省を含め多くの関係者の間で認識が一致する。
 障害者雇用に詳しい慶応大の中島隆信教授は「本来は企業の本業に貢献する形での雇用が望ましく、あるべき姿とは言えない。いくら正当化しても、結局は法定雇用率のクリアが目的であることは明らかだ」と指摘。
 その上で「障害者雇用の質に問題があるケースは代行ビジネスに限らない。多様な人が働けるよう配慮することは、企業の成長につながる。企業は『障害者雇用はコストではなく成長への投資』と意識を変える必要がある」と話している。

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