「俺らの声を、清水の力に」1091日ぶりに帰ってきた「日常」 声出し応援解禁でスタジアムに熱気

2月17日のJ1に続き、18日に開幕した明治安田生命J2リーグ。全国各地のスタジアムで、多くのファン、サポーターが待ち望んでいた「声出し応援」が全面解禁された。1年でのJ1復帰を目指す清水エスパルスのホーム、IAIスタジアム日本平(静岡市清水区)でも歓声が響いた。このスタジアムで、声を出しての応援が可能になったのは、2020年2月23日のJ1開幕戦(対FC東京戦)以来、実に1091日ぶり。しかし、この日を迎えるまでには、多くの紆余曲折があった。

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「なぜ、日本平だけ…」

首都圏に暮らし、週末にはふるさとのチーム・エスパルスを応援するという生活を31年続けている50代の男性は、深くため息をついた。2年以上続いたコロナ禍も、2022年夏ごろから「応援」を取り巻く環境が徐々に変わり、Jリーグでも「声出し応援適用試合」が設けられた。

実は清水サポーターも2022年8月7日、東京・味の素スタジアムで行われたFC東京戦で「声出し」ができた。その後も、スタジアムで歌声を響かせる機会はあったがいずれもアウェー。「なぜ、他のチームにできて、清水はできないのか…」。悔しさだけが残ったという。結局、アイスタのゴール裏席に「声出しゾーン」が設けられることは、シーズン最後までなかった。

清水の応援といえば、サンバのリズムに合わせて、大声でチャント(応援歌)を歌い、飛び跳ねる。日本平独特の雰囲気が、相手チームへの“圧力”となってきた。しかし、コロナ禍は、そのアイスタの空気をも、変えてしまった。

3年分の思いを込めて声出し応援をするサポーター=2月18日、IAIスタジアム日本平

「わたしたちの声で勝利に導ける試合も」

2017年にJ1に復帰して以降、毎年苦しいシーズンを送った清水。ホーム戦でもなかなか勝てなかった。1年を通して勝ち越したのは、2018シーズンだけ。それがコロナ禍以降、勝率はさらに落ち込んだ。声援の消えたアイスタで勝った試合は3年間でわずか11。「(選手に)声を掛けたくても、できなかった。(応援する方法は)拍手しかなかった」。静岡県富士宮市からスタジアムに訪れた夫婦は、悔いが残ったという。

2022シーズンにいたっては、たった2勝、アディショナルタイムで失点を重ね、勝利、さらに勝ち点をつかみ損ねると、2度目のJ2降格が決まった。「もし声が出せたら、J2降格もなかったのではないかと思ってしまう」。

「日本代表だと、W杯でも声を出せたのに、日本では手拍子しかできないことに違和感を感じてきた」と語るのは、ゴール裏のサポーターを声で統率するコールリーダーの辻祥伸さん※(24)=静岡県函南町出身=。「(声出しありなりの)どちらが正しいかはわからないが、サポーターとしては声を出さないと(選手に思いが)伝わらない。やっぱり声は大事」と力をこめる。

ポルトガル語で「声」を意味する「VOZ」を名前にしたサポーター集団の志村のりおさん(58)=島田市=も、声が持つ力を信じている。「選手の力で勝てる試合はある。監督の手腕で勝てる試合もある。わたしたちの声でチームを勝利に導ける試合もあると思って、喉をからして声を張り上げている」。

関係者によると、今シーズンも「声出し席」設置をめぐって、議論が紛糾したという。しかし、政府の決定により、急転直下、全面声出し可能が決まった。チームのリリースは1月30日、開幕戦まで20日を切っていた。

サポーターの覚悟示したチャント

迎えた開幕戦。席から富士山を望めるとあって、サポーター自慢のゴール裏は、早い時間からオレンジ色に染まった。J2になって客が減るのでは、声出しにまだ不安を感じる人もいるのではないか、すべて、杞憂に終わった。

2階ゴール裏席の中段に陣取った志村さんは「誰もが(声出し応援ができる)この日が来ることを待ち望んでいたはず。スタンドの混み具合をみれば、みんなワクワクしているのがひしひしと伝わる」。

試合前、コールリーダーの辻さんに尋ねた。

「最初に歌うチャントは決めたか?」

「その時の雰囲気で決めると思う」

キックオフ直前、スタンドから沸き上がったチャント。歌詞はこうだ。

「俺らのこの声を、清水の力に 俺らのこの歌で、清水よ熱くなれ」

1年でのJ1復帰を目指すチームを声で押す。サポーターの思い、いや、覚悟を示した選曲だった気がする。

ゲームは、清水が試合巧者水戸相手に、幾度もチャンスを作りながら、ゴールは遠く、両チーム無得点で引き分け。奇しくも、初めてのJ2挑戦となった2016シーズンの開幕戦と同じスコア、同じ結果となった。圧倒的戦力をもって、J2優勝間違いないと信じて疑わないサポーターからはブーイングという、これまた、これまで禁じられていた“叱咤”を選手たちに送った。

「チャントを歌ってもらえることは誇らしいし、責任を伴う。その期待に応えられず、力のなさを感じる」とFW北川航也選手が語れば、世界を知るGK権田修一選手は「それ(ブーイング)をエネルギーに変えなきゃいけない。言い方は悪いかもしれないが、ブーイングされることにストレスを感じて、腹を立てて、そんなこと、もうやらせない、僕らが(結果で)黙らせるんだという気持ちを持ってプレーすることは、エスパルスがもっと強くなるには必要なこと」。

では、ゴール裏はどうだったか。「(3年のブランクか)チャントを忘れてしまったのか、『これは、点が決まるな』というホームならではの雰囲気まで持っていけなかった。いままでの日本平までには、まだ戻れていない」。コールリーダーの辻さんも本調子には、ほど遠いことを、そしてもっとやれることを、理解している。

1091日ぶりの声援。サポーターの声が選手の力となり、歌でスタジアムが熱くなった時、サッカーどころのプロチームは、目指すべき高みへと登り詰めていくはずだ。

※辻さんの「辻」はしんにょうの上の点が1つ

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