宇宙開発の米新興企業スペースXが手がける人工衛星を使ったインターネット接続サービスの導入に向けた機運が日本で高まり始めた。サービスの名称はスターリンク。ロシアの侵攻を受けたウクライナへの支援に活用され、世界的に知名度を上げた。スペースXを率いるのは、電気自動車(EV)で産業の大変革を仕掛け、時代の風雲児ともてはやされる著名企業家イーロン・マスク氏。光ファイバーケーブルによる通信網が張り巡らされた日本国内で、衛星通信がネットインフラを変えることができるのか注目されている。(共同通信=千田幸平)
▽ウクライナ支援で反響
スターリンクは高度550キロ前後の低軌道上にある多数の小型衛星を活用するのが特徴だ。スペースXは失敗を重ねながらも、2010年に主力ロケット「ファルコン9」の打ち上げに初めて成功した。近年は高頻度で打ち上げており、軌道上に展開する専用衛星は3千機を超えた。
ネット接続サービスは北米で2020年に始まり、対応地域は世界40カ国以上に拡大。日本では2022年10月から利用できるようになった。スペースXは、より高高度の衛星を使う通常の衛星通信に比べ高速だと説明している。
ネット接続には、空に向けて置く幅50センチ程度の専用アンテナや付属品を使う。2022年2月のロシア侵攻で地上の通信設備が損傷したウクライナでは、フョードロフ副首相が短文投稿サイトのツイッターでスターリンクによる支援を要請。マスク氏がすぐさま呼応し提供を決めたことが大きな反響を呼んだ。
▽山間部や離島での法人向けサービスに熱視線
日本国内では、まず法人向けサービスへの需要が先行している。
積極的なのがKDDIだ。スペースXと提携し、2022年12月に企業や自治体向け事業を始めた。光回線の整備が不十分な山間部や離島の建設現場などにスターリンクと接続する基地局を設置し、自社の基幹通信網につなぐことによって通信環境を提供するものだ。市街地のオフィスの敷地などにアンテナを置き、基地局を設けずに直接スターリンクとつなぐといったより簡易な形式のサービスも展開している。
新サービスには企業や自治体から導入に向けた約500件の問い合わせが寄せられ、担当者は「法人向けで短期間にこれほど多くの反響があったのは例がなく驚いた」と話す。熱い視線が注がれる背景について、この担当者は「労働力不足が産業界の大きな課題となる中、ネット環境の整備による作業の効率性改善や、職場の魅力向上に関心が高い」と分析する。
清水建設は、通信エリア外だった北海道新幹線のトンネル工事現場にスターリンクを導入した。タブレット端末を使った作業の工程管理などを推進している。
2023年1月にはKDDIや地元行政などが連携し、埼玉県秩父市の山中に設けた基地局を活用したドローンによる商品配送事業も始まった。
▽段階的値下げで光回線との価格差が縮小
個人の間でもスターリンクへの関心は高まっている。2022年から段階的に実施されている値下げがきっかけだ。
スターリンクの公式サイトによると、日本国内向けのアンテナ販売価格は現在3万6500円で、月額利用料金は6600円。光回線を使った通信各社のサービスとの価格差が縮まっている。
2023年2月に東京都内の自宅にスターリンクを導入した会社員の男性(29)は「この程度のコストで済むのであれば試してみようと思った」と話す。
この男性によると、転居に伴ってまず検討した光回線のサービスは開通までに1~2カ月かかる見通しだったのに対し、スターリンクは申し込みから配送まで約2週間だったという。男性は「光回線を使えるようにした場合でも、スターリンクは災害時のバックアップ用に保持したい」と話した。
首都圏の戸建住宅を中心にスターリンクのアンテナ設置工事を手がけるクラウンクラウン(さいたま市)の松本昭彦代表は「工事依頼が毎日続いている。光回線より現状は通信速度が速いと評価する人も多い」と指摘する。
▽災害時のバックアップ利用が普及の鍵か
光回線が登場し非対称デジタル加入者線(ADSL)からの転換が進んだように、スターリンクが日本のネット環境を大きく変える可能性はあるのだろうか。通信業界に詳しいジャーナリストの石川温さんは「都市部では有効性は限られるが、災害や通信障害のリスクは常にある。BCP(事業継続計画)の観点からも、当面は企業や事業主を中心に利用が増えていくのではないか」との見通しを示す。
IT業界の関係者によると、個人向けは、法人向けと比べて普及に向けたハードルが高いとの見方が多い。国土が広大で衛星通信の有効性が認められる米国などと日本ではインフラ事情が大きく異なるためだ。スペースXは現在、値下げによってネット環境に関心が高い人などの需要を喚起しているが、この関係者は「サービス初期に契約数を積み上げるための戦略で、いずれ値上げされるだろう」と解説してみせた。
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