虐待、非行、病気…通信制高校の28歳女性 10年越しの卒業「誇りに」

卒業証書を手にした今川さん(仮名)。逆境も糧に次の夢に向かって歩み出す=長崎市鳴滝1丁目、鳴滝高

 虐待、非行、病気-数々の逆境でかなわなかった高校卒業。長崎県立鳴滝高通信制4年の今川希美さん(28)=仮名=は10年の時を経て5日、卒業証書を手にした。「ここに立てた自分を誇りに思う」。過去も全て糧とし、次の夢に向かって再出発する。

 「普通の高校生活を普通に楽しく過ごせた特別な1年でした」。卒業式で一言ずつコメントする答辞で、今川さんはこう述べた。ここまでたどり着くまでには多くの痛みがあった。
 父は容赦なく暴力をふるう人だった。最初の記憶は2歳ごろ。お気に入りのおもちゃを母に投げ付けるのを止めに入った場面だ。「じゃま」「のろま」と言われて育った。過度なストレスのせいで、幼い頃の記憶はあまりない。
 3人きょうだいの長女。父は職場の幹部で、母は料理や裁縫が得意な専業主婦。周囲には裕福で「幸せそうな家庭」に映った。
 高校受験を控えていた時期、階下から弟が何度も殴られて泣く声が聞こえた。「自分が殴られるよりもきつかった」。日に日にエスカレートし「もう殺さんと自由になれない」と母にこぼした。両親は離婚。既に抑うつ状態だった。
 高校入学後、母に恋人ができた。受け入れられなかった。自由になりたい反動で高校に行かなくなった。深夜に警察に補導されたこともある。3年生の時、「面倒を見きれない」と家を追い出され、親友の家で数カ月間、世話になった。高校は中退した。
 22歳ごろ、長崎市の飲食店で働き始め、鳴滝高通信制に入学した。週に1回授業を受け、リポートを提出する。だが、10代の頃、家庭訪問に来た先生が「問題は特にない」と助けてくれなかった経験を思い出し、学校が苦痛で2カ月で挫折した。その年度末、がんの可能性が発覚し手術。死を意識した。
 そばにはいつも相棒がいた。トイプードルの「ゆず」。はじめは愛情の注ぎ方が分からず、うまく甘えさせられないことに落ち込んだ。泣きながら謝ると顔をなめてくれた。「親のように弱い者に暴力ふるう人間になるんじゃないか」。そんな恐怖心が解けた。
 ゆずと長く過ごすため、在宅で働けるプログラマーを目指そうと、高校を卒業すると決めた。心療内科のカウンセリングに通うと心も落ち着いた。
 昨春、再入学。「もう行きたくない」と何度も心が折れそうになったが、前回と同じ担任で性格を分かってくれたこともあり、授業がある日は毎朝電話で背中を押してくれた。
 転機は定時制、通信制高校に通う生徒の作文大会。担任に誘われ、誰にも言えなかった過去の経験や心の内を包み隠さずつづった。「重い話でいいのか」と不安だったが、県大会で入賞。反響も大きく、「ありのままでいい」と自分を肯定でき、心が軽くなった。
 「虐待は連鎖する。小さい時に手を差し伸べ、少しでも暴力の連鎖をなくしたい」と今川さんは、子どもや育児に悩む親が相談しやすく、地域のコミュニティーになるような子ども食堂を作る夢を描いている。
 卒業式には母を招待した。春の暖かい日差しが差し込む教室で開かれた最後のホームルーム。「10年越しに卒業式を見せられてよかった」。明るい表情で照れながら話す今川さんの言葉に、母はうなずいた。

© 株式会社長崎新聞社