がっくり

〈ギリギリの手順ですが、ぴったりと詰んでいますね〉〈きれいですねえ〉-いつもの彼ならばもう間違えない、これは逃さないだろう…周囲が「6冠達成」を確信し始めたその直後に“事件”は起きた▲一昨日の将棋棋王戦5番勝負第3局。2連勝でタイトル奪取に王手をかけて臨んだ挑戦者の藤井聡太五冠だったが、最終盤で詰みを逃すミスがあり、防衛を目指す渡辺明棋王・名人が1勝を返した▲失着に気がついた瞬間の藤井さんは「がっくり」と音がしそうな落胆ぶりだった。単純に「錯覚」と呼ぶのは気の毒に思える複雑に込み入った局面、双方秒読みの1分将棋での出来事だった▲ところで、最近の対局中継では、画面の隅に示される人工知能(AI)の形勢判断や推奨手順によって、指している2人以外が皆、この局面の「正解」を知っている。「二転三転の大熱戦」は言い換えれば当事者たちが“間違いの応酬”を繰り広げた結果-ということになる▲〈ふーん、藤井クンでも間違えることがあるんだね〉…最高峰の名局がこう総括されかねない状況をもたらしたAIの進化。ファンや将棋にとって幸福な話だったのかどうか、とつい考えてしまう▲気持ちの切り換えは済んだだろうか。藤井五冠、あすは名人位への挑戦権を争うプレーオフに臨む。(智)


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