「ポジティブな言動」と「ネガティブな言動」の影響力はどちらが強いのか?

自分以外の誰かの存在や、その誰かが口にする言葉など、「人が発する刺激」 によって不機嫌ハラスメント、通称「フキハラ」は起こります。

慶應義塾大学教授で脳科学者の満倉靖恵 氏の著書『フキハラの正体 なぜ、あの人の不機嫌に振り回されるのか?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より、一部を抜粋・編集して人が発する刺激とフキハラの関係を解説します。


恋愛はストレスとの闘い?

少し話は逸れるのですが、ここで、「恋愛感情」としての「好き」についての、面白い実験結果をご紹介しましょう。

データ12-1は、片思いの相手が目の前に現れたときのある女子学生の感情を示す脳波の変化を測定したものです。

大好きな人を目の前にして、まず急激に強く出始めたのはなんと「ストレス度」を示す脳波のほうでした。想像するに、おそらくこれは「緊張」によるものでしょう。

「ネガティブな感情」のほうが敏感であることはすでにお話ししてきた通りなので、「ストレス」が「好き」に先行すること自体は十分予想できます。

ただ、特筆すべきは相手が目の前にいる間中、ずっと「ストレス度」を示す脳波が強く出ていたことです。これは、心理的に相当な負担がかかっていることの証です。せっかく好きな人と一緒にいるのに、「好き」が強すぎるゆえの「ストレス」によって「好き」がかき消されてしまうのでしょう。「恋愛感情」とはかくも切なく、複雑なものなのです。

では、好きな相手が物理的に目の前からいなくなった場合には、「好き」はどう変化するのでしょうか。別の日にそれを測定したのが、データ12-2です。

相手が部屋を出た直後から「好き度」を示す脳波が急激に強くなっています。

好きな人が目の前にいるという「緊張」から解き放たれ、想いが高まったということなのでしょうね。

「ポジティブな感情」というのは本来かなり鈍感なので、ここまであからさまに強くなることは滅多にありません。きっとこれも恋愛感情の特殊性なのでしょう。

一緒にいるときよりも、離れているときのほうが想いは募るのだとすれば、とある歌の歌詞にあるような「会えない時間が愛を育てる」というのは本当なのかもしれませんね。

もちろん同じ恋愛感情でも、片想いの場合、すでに付き合っている場合、付き合って長い時間がたっている場合など相手との関係性によって、また、それぞれの性格によっても、脳波の出方は全く違ってきます。それくらい恋愛感情というものは、うつろいやすい上に個人差も大きい、まさに「掴みどころのない感情」なのです。

「悪口」で人は想像以上に傷ついている

「他人が発するポジティブな言動」で「ポジティブな感情」を高めるのはかなり難しいことであるのは間違いなさそうです。では逆に、「ネガティブな言動」のほうの影響力はどうなのでしょうか?

その答えを示すのがデータ13です。

これは、ある人から自分の悪口を言っている人の話を聞いているときの著者自身の3分間の「ストレス度」を示す脳波の変化です。

「ストレス度」を示す脳波はいきなり強く出て、そのレベルは測定している間ずっと維持されています。ここまでのダメージを受けているとは、自分でも想像していませんでした。

また、「ネガティブな感情」のしつこさはすでにお話しした通りですから、嫌な言葉を浴びせられたときの「嫌な感じ」はずっと残り続ける可能性もあります。

ただ、私が聞いたのは直接的な悪口ではなく、あくまでも「悪口を言われているという情報」です。そもそも「実験のために、誰かが私の悪口を言っていたら教えて」と自分からお願いしたわけですから、私もそれなりの覚悟をもって受け止めていますし、相手だって多少なりとも言葉を選んだことでしょう。それでもこの結果なのですから、常軌を逸するような誹謗・中傷といった類の言葉が人の心に与えるダメージは計り知れません。

特にSNSを通じた誹謗・中傷は、加害者が見えない恐怖心も手伝って、その影響はより深刻になります。そのせいで心に深い傷を負い、その傷にずっと苦しみ、中には命を断ってしまうケースもあります。ネガティブに支配されやすい私たちの脳の性質を踏まえれば、それは決して他人事ではありません。誰にでも起こりうることなのです。

ネガティブな言葉が人の心を粉々にしかねない凶器であることは脳波から可視化した感情が明白に示しています。ですから、より真剣にSNS上の誹謗・中傷に対する実効性のある策を講じることは社会の急務だと思います。

「好き」はなかなか伝わらない

「ネガティブな刺激」には敏感で、「ポジティブな刺激」に対しては鈍感であるのは、「他人の言動」の場合も同じでした。

では、「その感情をもった人と交流する」という刺激の場合はどうなのでしょうか?

まさに「フキハラ」の状況を実験的に探ろうという試みです。

それを知るために、まずは「ポジティブな感情をもった人」がそばにいる場合の感情を示す脳波の変化から見ていきましょう。

データ14は、普段から面識のある学生Aと学生Bにたわいない会話をしながら5分間過ごしてもらったときの「好き度」を示す脳波の変化です。

相手に対する「好き」「嫌い」といった言葉を発したり、そのような態度は見せないルールになっていましたが、この結果を見れば、AがBに好ましい感情を抱いているのは明らかです。まさに、好意がダダ漏れの状況なので、もしかすると、「自分の好きに気づいてほしい」という気持ちをもっているのかもしれません。

ところが、Bの「好き度」を示す脳波は全体を通して弱く、Aの「好き」がBに伝わった気配はありません。5分たったあとAの「好き度」を示す脳波は会話をする前より強く出ているというのに、Bの「好き度」を示す脳波のレベルはほとんど変わらないのです。

これも「ポジティブな刺激」に鈍感な脳の性質のせいなのでしょう。

つまり、どれだけその気持ちが強くても、それに気づいてほしいと願っても、「好き」は簡単には伝わらないのです。

「好き度」を示す脳波だけでなく、「快適度」や「満足度」を示す脳波も同じように測定してみましたが、結果は同様でした。やはり、「ポジティブな感情」は伝わりづらい、ということでしょう。

「嫌い」はいとも簡単に伝えあう

ところが残念なことに「ネガティブな感情」に関しては話が一転します。

データ15は、こちらも普段から面識のある学生Cと学生Dに一緒に5分間話をしながら過ごしてもらったときの5分間の感情を示す脳波の移り変わりです。もちろんここでも相手に対する「好き」「嫌い」がわかるような言動は控えてもらっています。

実は、事前の聞き取りでCはDにあまりいい印象を抱いていないことがわかっていました。最初の時点から「嫌度」を示す脳波が80%と強く出ているのはそれが原因なのです。

一方のDは、Cに対して特段嫌な感情を抱いていないことは事前に確認済みだったのですが、実験を開始した直後から、Dの「嫌度」を示す脳波はすでに高いレベルになっています。CのDに対する「嫌」が早々に伝わったということなのでしょうか。

しかもその後、Dの「嫌度」を示す脳波は、Cの「嫌度」を示す脳波とほぼ同じ形になっています。

もちろんCは、Dに対する自分の「嫌な感情」は言葉や態度に一切出してはいません。

そもそも「嫌い」はむしろ隠したいほうの感情なのですから、DだってそれをCにわざわざ伝えようとしたわけではないはずです。

それにもかかわらず、スピーディーしかも正確に、Dの「嫌い」はCに伝わり、まるでDの「嫌い」がそのままCにうつったかのような現象が起きているのです。

まさに、「フキハラ」のメカニズムがみえた実験といえるでしょう。

フキハラの正体 なぜ、あの人の不機嫌に振り回されるのか?

著者:満倉 靖恵
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【「フキハラ」とは?】
「不機嫌ハラスメント」の略。
不機嫌な態度をとることで、相手に不快な思いをさせたり、過剰に気を遣わせたり、精神的な苦痛をあたえること。本人が意図している/いないに関わらず起こりうる。

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