坂本龍一さん逝く

 40年以上も前、電子楽器を使った「テクノポップ」でそのバンドはブームを巻き起こした。イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の3人は、気づけば「超」の付く有名人になっている▲道で「あ、坂本だ」と指をさされるのが嫌で、自宅にこもった。無名でいいのに困り果てた、と述懐している▲YMOへの参加の誘いは「片手間でよければ」と応じた。無名でいい。匿名の音楽でいい。ある国や民族の一人というよりもコスモポリタン(世界市民)でありたい。音楽家の坂本龍一さんは若い頃、そう夢想していたという▲紡ぐ音楽はその人そのものだった。「戦場のメリークリスマス」の、どの国の音楽とも、どの時代の曲とも言いようのない、無二の美しい旋律を心に刻む人は多いだろう▲長崎原爆を題材とする映画「母と暮せば」の音楽を引き受けて「核のない世界を望む僕としては、やるしかない」とコメントしている。強いメッセージを心の赴くままに発するのも、日本人の芸術家としてまれだった▲アカデミー作曲賞を受けた映画「ラストエンペラー」の音楽を2週間で書き上げ、録音したと知って仰天したのを思い出す。意欲に満ち、探求心にあふれた坂本さんが、闘病生活の末に71歳で亡くなった。心なしか、数々の名曲の音符が風に舞って見える。(徹)

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