カナダの「古希」迎える旧型客車、先住民鉄道で今も現役 「鉄道なにコレ!?」第42回 

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

キーワティン鉄道(KRC)で使っているVIA鉄道の旧塗装客車=22年12月31日、カナダ・マニトバ州で筆者撮影

 カナダ中部マニトバ州最北の町、チャーチルから州都ウィニペグまでの1697キロを南下するVIA鉄道カナダの夜行列車が途中停車したザ・ポー駅の構内に、1950年代の製造からまもなく「古希」を迎える鋼鉄製の旧型客車が止まっていた。青色の車体に黄色の線が入ったVIA鉄道の旧塗装をまとい、先住民が経営する鉄道会社で現役だった。(共同通信=大塚圭一郎)

 【カナダの先住民】カナダ政府によると、2016年時点で167万人超の先住民がいる。先住民には3つのグループに分類され、北米インディアンを祖先とする民族の「ファースト・ネーションズ」(First Nations)、カナダ先住民と欧州人の両方を祖先とする民族の「メティス」(Métis)、北極圏に住む民族の「イヌイット」(Inuit)がいる。カナダ統計局によると、先住民の2022年の失業率(15歳以上)は8・0%と非先住民の5・2%を大きく上回っており、経済格差が長年の問題となっている。

 ▽「冷めたピザ」

 2022年12月にウィニペグとチャーチルを2泊3日で結ぶ夜行列車で往復した際、復路の列車で途中のトンプソン駅からティケット・ポーテージ駅まで先住民の子どもたちと車内で会った。別れた後は客車「スカイラインドームカー」の2階にある展望ドームから車窓を眺めた。
 雑木林の奥へ沈む美しい夕日を見渡した。辺りは暗闇に包まれた後は寝台車の2人用個室に戻り、昼食では食べきれなかったピザに手を伸ばした。

夕日が照らす雑木林を進むVIA鉄道カナダの夜行列車=22年12月30日、カナダ・マニトバ州で筆者撮影

 このピザは列車がトンプソン停車中に、近くのピザ店が車で出前をしてくれた。列車が到着する前に3人いる客室乗務員の1人、ダニエル・パスパポーンさんが「ピザを注文しますが、一緒に頼みますか?」と声をかけてくれたのに“便乗”した。
 筆者が注文したのは肉をふんだんに使ったピザだ。上に細かいサラミをまぶしており、チーズと生地の間にハムが入っている。妻、息子と分けるために最大のサイズにし、価格は36カナダドル(約3500円、税金とチップは別)だった。
 昼食時はチーズが程よく溶けた温かいピザを味わえたが、夕食時には冷えて風味が落ちている。ふと米紙ニューヨーク・タイムズが故小渕恵三元首相のことを揶揄した「冷めたピザ」という表現が脳裏をよぎった。

カナダ・マニトバ州トンプソン駅に出前をしてもらったピザ=22年12月30日、筆者撮影

 ▽4両の旧塗装車両

 一眠りして目が覚めると、チャーチル出発2日後の午前0時過ぎにザ・ポー駅に止まっていた。列車への給水などのため、定刻で走っている場合は出発時刻の午前3時15分まで3時間45分も停車する。
 プラットホームには雪が積もっており、寒風が吹いてくる猛烈な寒さだ。温度計を持参していなかったが、氷点下20度近かったのではないだろうか。
 すると、ホームの先に青い車体に黄色の線が入ったVIA鉄道の旧塗装の客車と貨車の計4両が連結されているのが視界に入った。客車からは窓明かりが漏れており、車内には赤色のクロスシート座席があった。
 人影は見えなかったものの、外は極寒のため「作業員の休憩所として活用しているのだろう」と想像した。だが、この客車が果たしている役割はそれだけではなかった。

VIA鉄道の旧塗装客車の車内にあった赤色のクロスシート座席=22年12月31日、カナダ・マニトバ州で筆者撮影

 ▽週2往復の先住民鉄道

 駅舎の窓口にいた男性駅員に「出発は午前3時15分ですか?」と確認すると、「その通りだ。きょうは週末なのでほっつき歩いている酔っぱらいに絡まれないように、あまり遠くまでは出歩くなよ」と忠告された。
 カナダ統計局によるとザ・ポーは21年時点で人口5639人の小さな町だ。夜中だけに注意は必要だが、決して治安が悪い地域ではない。ストレンジャーが迷子になって列車に乗り遅れないよう、ウイットのある言い回しで注意してくれたのだろう。

カナダ・マニトバ州とサスカチワン州の鉄道路線図。ザ・ポーからプカタワガンへ向かう路線が描かれている

 駅構内にあった鉄道地図を眺めると、ザ・ポーの北にある都市のプカタワガンへの鉄道路線が記されている。駅員に「プカタワガンへ向かう列車もここから走っているのですか?」と聴くと、「ああ、従業員が週2回来てここで切符を売っているんだ」と教えてくれた。
 先住民が経営するキーワティン鉄道(KRC)の路線で、ザ・ポーとプカタワガンの間(約244キロ)を片道7時間半で結ぶ。途中には14駅があり、ディーゼル機関車が引いて客車と貨車を併結した「混合列車」が週2往復している。
 先住民がザ・ポーなどへ買い物に出かけたり、購入した家電製品などを貨車で運んだりするのに利用しているという。

 ▽次の列車の出発は…

 鉄道愛好家のサイトによると、ザ・ポー駅に止まっていた計4両の客車と貨車はVIA鉄道の前身のカナディアン・ナショナル鉄道(CN)時代の1954~55年に製造され、この混合列車につないでいる。VIA鉄道の旧塗装車両で唯一の現役という。
 カナダ政府やKRCの資料によると、沿線地域の鉱山が閉鎖されたためザ・ポーとプカタワガンの間の路線を所有していたハドソン湾鉄道が2003年に手放す意向を表明した。

KRCで使っているVIA鉄道の旧塗装貨車(手前)=22年12月31日、カナダ・マニトバ州で筆者撮影

 廃止すると沿線の先住民の足が奪われるため、カナダ政府が490万カナダドル(約4億8千万円)、マニトバ州政府が125万カナダドルをそれぞれ助成し、三つの先住民族が計50万カナダドルを拠出して06年3月に買収を完了した。
 先住民の鉄道はカナダで2例目となり、カナダ政府は初期費用などのために最大320万カナダドルの提供も約束して支援した。
 KRCに興味がわいたものの、土曜日の未明だったため次のプカタワガン行きの列車に乗る場合は月曜日の午前11時15分発まで待たなければならない。しかもプカタワガンから戻る列車に乗り込めるのは火曜日になる。「週末の酔っぱらい」のようなノリで、VIA鉄道のウィニペグまでの切符を「下車前途無効」にする気にはならなかった。

 ▽駅名にトーゴーとミカド

 夜行列車が通るサスカチワン州の途中駅にトーゴー、ミカドというともに日本人として聞き覚えのある駅名があることに気づいた。
 トーゴーは、日露戦争で連合艦隊司令長官としてロシアのバルチック艦隊を破った東郷平八郎に由来し、日本が勝利した翌年の1906年に名付けられた。ミカドも日本語の「帝(みかど)」から命名された。
 関連サイトによると、この地域はウクライナ系カナダ人らが移住して開拓され、宿敵のロシアを破った日本に思いを寄せた地名を選んだ。地元駅もそれらの名前が採用された。
 地名が付けられた1世紀余りも過ぎた2022年2月にロシアがウクライナに侵攻し、今も戦闘が続いていることに義憤を禁じ得ない。
 できればトーゴーとミカドに一瞬でも降り立ちたかったが、これらは利用者が乗り降りを希望した場合だけに停車する駅の「フラッグストップ」だ。残念ながら乗降客がいなかったため、列車はあっけなく通過した…。

VIA鉄道カナダのチャーチルからウィニペグまで乗った夜行列車=2022年12月31日、カナダ・サスカチワン州で筆者撮影

 ▽車内放送の締めくくりは

 終点のウィニペグ・ユニオン駅に着いたのは、22年の大みそかの午後10時20分だった。定刻より5時間35分遅れたものの、往路に最大16時間遅れた際には逃す恐れがあった23年元日朝出発の航空便に間に合うのだから判定は「セーフ」だ。
 到着前に接客の責任者、サービスマネージャーのジェニファー・ロイさんが車内放送で「もうすぐ終点のウィニペグに到着します。お忘れ物がないようにお荷物を今一度ご確認ください。列車が遅れまして申し訳ありません」と語りかけた。
 続いて「ただ、この列車は2022年のうちに終点に着けるのではないかと願っています」と締めくくった。
 23年の春先に、ロイさんから電子メールでうれしい便りが届いた。客室乗務員のパスパポーンさんとティエリー・マルシドンラボワさんが「訓練を終えてサービスマネージャーに昇格しました」と紹介し、「次に乗車いただく際は、私たち3人の誰かがサービスマネージャーとしてお迎えできると思います」とも記されていた。

VIA鉄道の夜行列車の客室乗務員の(左から)ティエリー・マルシドンラボワさん、ジェニファー・ロイさん、ダニエル・パスパポーンさん=22年12月31日、カナダ・マニトバ州で筆者撮影

 筆者は「あなたがた3人とも素晴らしいおもてなし精神で接客をしているので、私たちのように満足する乗車体験をこれからも提供できると確信しています」と返した。
 思い出深い道中を一緒に過ごしたサービスマネージャーと、車内で再会できる日が楽しみだ。その時こそ鮮明なオーロラを目の当たりにすることができるだろうか?

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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