それでも岸田首相は衆院解散に踏み切るのか 世界は核危機の懸念、日本は政治空白に

By 内田恭司

官邸で記者団の取材に応じる岸田首相=3月28日

 岸田文雄首相によるウクライナ訪問の実現で政権に追い風が吹き始め、政界では首相が今夏にも衆院解散に踏み切るとの観測が出始めた。統一地方選の帰趨とともに、4月23日投開票の衆参5補欠選挙の結果が影響を与えるのは必至だ。首相はどのような判断をするのだろうか。(共同通信編集委員 内田恭司)

 ▽キーウへドイツ首相同行案も

 まさに電撃訪問だった。岸田首相は3月21日、訪れていたインドからポーランド経由でウクライナの首都キーウに入り、ゼレンスキー大統領と会談したのだ。
 機会を探っていた首相にとっての転機は、バイデン米大統領による2月20日のキーウ訪問だ。これで、先進7カ国(G7)でウクライナ入りしていない首脳は首相のみ。5月に広島でG7首脳会議(サミット)を開催するだけに、訪問は不可欠になったのだ。
 首相は直ちに、外務省に具体案を詰めるよう指示。3月上旬にはまとまり、インドからポーランドに向かうチャーター機の手配も終えた。
 政府は当初、安全面を考慮し、3月17日に訪日するドイツのショルツ首相に現地への同行を頼めないか検討した。だが「ドイツ側から難色を示された」(政府関係者)ため、安全確保への協力だけ依頼し、最終的に単独訪問となったという。
 このウクライナ訪問が追い風となり、岸田政権が持ち直してきた。それは内閣支持率に表れている。昨年来の安倍晋三元首相の国葬問題や、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の問題などで、数字は低迷を続けたが、3月以降は軒並み40%前後に上昇した。50%に近いものまである。
 自民党岸田派(宏池会)幹部は、日銀の正副総裁人事や日韓関係の正常化、収束が見えてきた新型コロナウイルス感染なども要因に挙げる。こうした状況に、首相は政権運営に自信を深めているという。

ウクライナ・キーウ近郊ブチャの教会を訪れ、献花する岸田首相=3月21日(共同)

 ▽首相「今は課題に取り組む」

 政権が回復基調になると、永田町では衆院解散があるのかどうかが関心事となる。岸田首相が長期政権を目指すなら、2024年秋の党総裁選での勝利は絶対条件だ。支持が戻っているうちに解散して勝利すれば、総裁再選の可能性は高まるが故に「いつなのか」が焦点になってくるわけだ。
 首相は3月28日、「先送りできない課題に取り組む。今はそれしか考えていない」と記者団に述べ、早期解散を否定した。
 だが、発言を額面通りに受け取る向きはそう多くない。統一地方選と衆参5補選に勝利し、広島サミットを成功させれば、やはり首相は6月21日の通常国会会期末までに解散するのではないかとの見方がくすぶる。
 統一地方選の勝利とは、自民党が4月9日投開票の41道府県議選で、15、19年に続き、総定数の過半数を獲得することであり、これは達成した。23日投開票の衆参5補選では、元の計3議席に上積みしての「4勝以上」が実質的な勝利の条件となる。

衆院4補欠選挙が告示され、候補者の街頭演説に集まった人たち=4月11日、和歌山市

 5補選は、衆院千葉5区、和歌山1区、山口2、4区、参院大分選挙区だ。多くの選挙区で与野党候補が激戦を繰り広げており、結果は見通せない。自民党選対関係者は「引き締めないと2勝3敗になりかねない」と話す。立憲民主党幹部も「必勝を期す」と意気込む。
 ただ3月の段階で首相は、自民党選対幹部から「頑張れば5戦全勝もありうる」との報告を受けており「意気軒昂」(党選対関係者)なのだという。4月15日に和歌山市で首相に向けて爆発物が投げ込まれた事件が、選挙戦に影響を与える可能性もある。
 一方、サミットでは、核軍縮への機運醸成とウクライナ支援でのさらなる結束をアピールする方向で各国との調整が進む。
 政府関係者は「広島という地で首相がリーダーシップを発揮する演出にもこだわる」としており、手堅く首脳宣言をまとめ、メディアで大々的に報じられれば「成功」という皮算用が見えてくる。
 先の党選対関係者は、解散への条件として「内閣支持率50%超、自民党支持層での支持率75%超」という数字を挙げる。現時点で、サミット後での達成可能性は「五分五分」だという。
 共同通信が3月11~13日に実施した調査では、内閣支持率が38・1%、自民党支持層での支持率が66・0%。昨年7月の参院選勝利後は、それぞれ51・0%と76.2%だったので、数字は視野に入っていると言えそうだ。

 ▽日本は戦時のG7議長国

 それでは、ここまで条件がそろったとして、岸田首相はどう判断するだろうか。首相に近い岸田派幹部は早期解散に少し慎重な見方をする。
 「首相は『やらねばならないことがある』『G7の議長国として責任がある』『衆院は今でも安定している』と話している。一つ一つ実績を積み重ねていきたいと考えているのではないか」。このように説明する。
 確かにこの先も重要課題は山積みだ。首相が掲げる「次元の異なる少子化対策」や、中間層再生のための「新しい資本主義」の推進は日本再起への公約と言っていい。コロナ禍で疲弊した経済の回復も不可欠だ。

激戦が続くウクライナ・ドネツク州バフムトで破壊された建物=4月10日(タス=共同)

 「議長国の責任」は本心なのだろう。今後、ウクライナでの戦闘が激化すれば、ロシアによる核使用の危機も現実味を増す。戦争時に国の指導者は代えないのが鉄則であれば、「戦時の議長」も同じだろう。
 国際金融への懸念もある。米国の利上げは続いており、米欧の金融不安が危機に転じる恐れがないとは言えない。この二つの危機への懸念が世界的に強まるとすれば今夏以降ではないか。
 東アジアの将来を左右しかねない台湾総統選も来年1月にある。台湾海峡危機を未然に防ぐために日米をはじめ、関係国の緊密な連携が求められるのは言をまたない。

中国軍の東部戦区が4月9日、「微信」の公式アカウントで公開した台湾と周辺海域を攻撃するシミュレーション画像(共同)

 だが、衆院選になれば、選挙後の組閣人事などを含めて2カ月は政治空白になる。内外情勢が極めて厳しいこの時期に、「長期政権のため」という政局的な思惑を理由に、日本で政治のリーダーシップが2カ月も不在になることが許されるのだろうか。
 かつて宏池会に所属した自民党閣僚経験者は、岸田首相について「『つかみどころがなく、何をしたいのか分からない』という指摘は一面的だ。本質は、エリート志向で名門意識の強い政治家だ」と話す。
 少し説明を加えれば、「日本のために私利私欲に走ることなく、政治家としての本分を大切にする」ということらしい。
 はたして、衆参5補選で勝ち、サミットを成功裏に終え、支持率がさらに上昇した時に、首相はどう判断するのか。
 自身の権力を維持するという政治家としての「本能」が勝り、解散を決断するのか。それとも、政治家の「本分」に基づき、日本再生の使命と、G7議長国としての責任を全うしようとするのか。
 首相がどちらを選ぶのか、結果はそう遠くない先に分かるだろう。

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