名古屋の〝かよわい〟スイーツ「ぴよりん」大阪で限定販売したら争奪戦に 崩れやすさ逆手、持ち運びチャレンジがSNSで人気

 ショーケースに並ぶぴよりん=3月17日、大阪市の阪神百貨店梅田本店

 ひよこの形をしたスイーツ「ぴよりん」の人気が止まらない。本物のひよこの羽根のようなふわふわしたスポンジと、つぶらな瞳がかわいらしい。名古屋駅構内の2店舗でのみ常時販売(1個420円)し、連日完売。発売当初の30倍まで生産を増やしても追い付かない状況だ。将棋の藤井聡太さんが食べたことで人気に火が付き、新たな名古屋名物になった。発売から12年。多くの人を夢中にさせてきたぴよりんを取材した。(共同通信=臼井春菜)

 ▽「丸くてかわいい」名古屋の名物スイーツを
 ぴよりんは2011年7月に販売を開始した。手がけたのはJR東海グループで飲食関連事業を担う「ジェイアール東海フードサービス」。名古屋の名物になるスイーツ作りを目指し、前年の2010年にパティシエと社員の計5人による開発プロジェクトが始動した。

 女性からの支持を得ようと、設定したテーマは「かわいくて丸いもの」。当初は難航したが、あるメンバーの「ひよこって丸くてかわいいと思いませんか?」という一言で大きく前進した。

 ぴよりんは全て手作り。土台となる名古屋コーチンの卵を使ったプリンをババロアで包み、外側に羽根のように見える粉末状のスポンジをまぶす。

 表情を決めるのはチョコレートでできた「目やくちばしなどのパーツ」(パティシエ)。チョコが手の熱で溶けないうちに素早く取り付ける。手作業のため、それぞれ表情が異なるのも楽しみの一つだ。完成までに計7時間かかるという。

 手際よく作られるぴよりん=3月17月、大阪市

 今でこそ入手が難しい人気ぶりだが、船出は順風満帆ではなかった。当初は見た目が安定せず、販売数も1日50個と少なかった。交流サイト(SNS)も現在ほど利用が盛んではなく、店頭を中心としたPRだった。それでも、ショーケースからかわいい写真が撮れるよう、陳列を工夫したり、SNSを駆使したりしながら、着実に知名度を高め、販売数を伸ばしていった。

 転機が訪れたのは2021年6月29日。名古屋市で行われた将棋の王位戦の対局中、藤井聡太さんが、ぴよりんとのコラボレーション商品のアイスクリームを食べたことで注目が集まった。

 直後は販売会社の公式ホームページへのアクセスが殺到し、つながりにくくなるほど。ジェイアール東海フードサービスの責任者を務める矢崎勇夫カフェ課長は「藤井さんが食べてくれるとはとても驚いた。それから毎日完売が続いています」と振り返る。

 ぴよりんを販売するJR名古屋駅構内の店舗=4月21日、名古屋市

 ▽ぴよりんはコラボ上手?
 アイスも一例だが、人気を支えているのは季節限定や企業とコラボしたオリジナル商品だ。テーマに合わせ、専属デザイナーとパティシエが胴体や羽根などの色や形といったデザインを決めているという。レアなぴよりんを求め、毎回買いに来るファンもいる。

 限定品は月にひとつほど誕生する。ひな祭り、七夕、ハロウィーン、将棋の日(11月17日)など季節のイベントのほか、有名企業とタッグを組むことも。今年のNHK大河ドラマ「どうする家康」と組んだ「徳川ぴよ康」やチョコレート菓子と協力した「ブラックサンダーぴよりん」も登場した。

 将棋の日に合わせて期間限定販売されたぴよりん(ジェイアール東海フードサービス提供)

 ▽#ぴよりんチャレンジ
 ブームをさらに加速させたのはSNSだ。繊細なため、家に持ち帰ろうとすると、崩れやすく「無傷」での帰宅は至難の業。SNS上では、きれいな状態で無事持ち帰ることができるかを挑戦する「#ぴよりんチャレンジ」が始まった。ぷるぷるのババロアの土台は揺れに弱く、羽根などのパーツも外れやすい。冷蔵保存しかできず、持ち帰りスイーツとしては「弱み」でもあった。

 JR名古屋駅構内の店舗と紙袋=3月、名古屋市

 だが、その弱みを逆手に取った。ツイッターなどの投稿を見ると、チャレンジの成功を喜ぶものや、傾いたり、目や羽根が取れたりしてしまい「失敗」を報告するものもある。矢崎課長は「崩れた姿を見るのは心苦しいときもあるが、チャレンジを楽しんでもらえるのはうれしい」と語る。

 もう少しプリンやババロアを硬くすることはできないのか―。素朴な疑問をぶつけると「やわらかい口溶け感を大切にしたいので、硬くはしません」(矢崎課長)。見た目だけでない、味へのこだわりを知ることができた。

 持ち帰りのコツを、ケーキ工房で製造を担当する田内梨絵工房長に聞くと「垂直の揺れには強いが、横揺れが弱点。水平にバランスを保ちながら、持ってほしい」とのこと。

 #ぴよりんチャレンジを、自社の製品のPRに生かそうという取り組みもある。トヨタ自動車グループの部品メーカーのアイシンは、車が加減速したり、曲がって遠心力が働いたりしても、車内を安定させる技術「PARS(パース)」を開発している。

 アイシンはユーチューブに、PARSを使った台にぴよりんをのせた場合と、使わない場合を比較する動画を投稿。車の揺れや停止があったときでも、ぴよりんを安全に運べると強調している。

 ▽大阪にいざ「おでかけ」。午前4時からの争奪戦

 阪神百貨店梅田本店で販売したぴよりんの「大阪おでかけセット」=3月17日、大阪市

 輸送に向かず愛知県外への「おでかけ」が数少ないぴよりんだが、3月中旬、期間限定で関西に初進出した。

 3月16、17日の2日間、大阪市の阪神百貨店梅田本店で1日150セットを限定販売した。2個入りの「大阪おでかけセット」(1201円)で、うち一つは大阪ならではのミックスジュース味にした。

 限定のぴよりんを手に入れたい―。争奪戦は過熱した。店側は混雑が予想されたため、購入希望者向けの整理券を午前中に先着順で配布することに。午前4時から並んだ人もいて、午前7時前には配布枚数を超える人が押し寄せ、もらえない人が続出した。

 京都市の49歳女性は17日、午前6時半ごろ到着したものの、少し手前で整理券の配布が終わったという。ぴよりんを無傷で運ぼうと、保冷バッグとミニタオルを持参し、準備は万全だったが、間に合わなかった。それでも店頭に並ぶ様子をスマートフォンで熱心に撮影。「形がとにかくかわいい。また大阪に来てほしい」と心待ちにする。

 早朝から並び購入できたのは田場朋子さん(68)。3人の孫のため、午前5時半ごろから列に並んだ。前日にも店を訪れたが、すでに整理券配布は終了。今回はリベンジに成功し4個(2セット)を手に入れた。兵庫県尼崎市まで持ち帰る田場さんは「孫と食べるのが楽しみ。気を付けて運びます」とうれしそうに話した。

 ぴよりんが作られる様子を見る客=3月17月、大阪市

 矢崎課長は「大阪での認知度がどの程度あるのか不安だったが、どこへ行っても人気だということが分かった」と手応えを口にする。

 大阪へのおでかけは百貨店バイヤーの熱意で実現した。愛知県内のイベントで販売することはあるが、県外での販売は横浜市と静岡市で計3回のみ。完成したぴよりんを新幹線輸送することもあったが、今回は現地で製造した。冷凍したババロアとプリンの土台、羽根やくちばしなどのチョコレートでできた顔のパーツを分けて大阪に運び、現地で完成させる手法を取った。

 ジェイアール東海フードサービスの矢崎勇夫カフェ課長=3月、名古屋市

 快進撃を続けるぴよりん―。矢崎課長は今後の販売戦略について「まずは名古屋の店舗用の製造数を増やして、一人でも多くのお客さんに届けたい」と明かした。すぐに常設の新店舗を設ける計画はないそうだが「他県での催事販売は前向きに検討している」と意気込む。

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