大湯と野尻が衝撃の接触「感情を押し殺さないと前に進めない」「野尻さんを責めるつもりはない」【第3戦鈴鹿決勝】

 全日本スーパーフォーミュラ選手権第3戦鈴鹿決勝。スタートからひとつ順位を落とし、4番手で序盤を走った野尻智紀(TEAM MUGEN)は、11周目の終わりにピットロードへマシンを向けた。

 一方、ポールポジションの特権を活かしクリーンエアのなかを走り続けた大湯都史樹(TGM Grand Prix)は、野尻と同じ周に2番手坪井翔(P.MU/CERUMO・INGING)がピットに入った後も“定石の1周後”には入らず、トップで走行を続けた。

 ターゲットはもちろん勝利、つまり“裏の1位”を行く坪井だったが、大湯とTGM陣営は坪井の“逆”、つまり30周レースの残り10周程度でピットインし、フレッシュタイヤで追い上げる作戦を選択していた。

■接近戦での“予想以上のダウンフォース抜け”

 ピットアウト後の坪井はファステストを叩き出しながら大湯との見えない差を縮めにかかっていたが、大湯陣営はほぼ予定どおりとなる19周目までピットインを引っ張った。ピットアウトすると坪井とリアム・ローソン(TEAM MUGEN)に先行を許すが、ここはある意味想定どおり。今季導入された新スペックのタイヤは予想どおり鈴鹿ではタイムのドロップは大きく、残り11周、フレッシュタイヤの利点を生かしてトップを奪い返すことは可能と考えていたのだ。

 しかしそこに、スーパーGTでのチームメイト、野尻が近づいてきた。大湯のタイヤはまだ冷えたまま。大湯がこらえるか、野尻がパスするか……という緊迫の攻防は、S字コーナーに差し掛かったところで、大湯のテールに野尻が接触。2台が砂塵とともにクラッシュバリアに消えるという、衝撃の幕引きとなってしまった。

 呆然とコースサイドに立ち尽くす野尻と、座り込む大湯──。

 レース後のメディア・ミックスゾーンに先に姿を現したのは野尻だった。その表情からは、自らの感情を必死に押し殺そうとしている様が見てとれた。

「彼がアウトラップというところで、ターゲットとしては次の逆バンクで外側からまくる、といった方向性で抜きに行こうかと考えていました」と接触に至る状況を野尻は説明する。

「ただ、彼も巧みなブロックをする選手。なので、(逆バンクまでに)近づいておかないといけない場面だったので近づいたのですが、ちょっと自分の予想以上にダウンフォースが抜けて吸い込まれてしまったというところと、単純な距離の履き違えというか、そういったところから起きた接触だったと思います」

 後方から接触した野尻には、「危険なドライブ行為」との裁定が下り、競技結果に対して30秒加算、ペナルティポイント1点が与えられた。

「僕の読み違いがすべてだと思うし、それ以外の理由はひとつもないので、彼と彼のチームの皆さんはもちろん、彼を応援しているファンの皆さんに対しても、申し訳ない気持ちです」と野尻は率直に過ちを認める。

「ただ、自分自身もここから切り替えていかなければならないですし……立場的にも『何やってんだ』という声も出てくると思いますが、その辺もしっかりと心に刻みながら、また一回り大きくなるために、頑張っていきたいと思います」

 中継映像ではマシンから降りた直後、大湯に声をかける野尻の姿が映し出されていた。

「あれはもう、ただひとこと『本当にごめん』と言っただけで。それ以外の言葉は彼もかけてほしくないだろうし、僕もそれ以上はかけることはできなかったという感じで……」

 後悔や謝罪の気持ち、このリタイアが後に与える影響……。野尻の脳裏には、さまざまなことが駆け巡っていたのだろう。

「本音を言うと、僕のほうがもちろん経験もあるわけで、そういったことを踏まえると僕がやるべきことではないと思います」と野尻は言う。

「ですが、すごくフラットに捉えると、やはり(レースは)戦っている場所だし、ああいったことはやっぱり起きてもおかしくない、というところでは……本当の自分が感じる感情というものを、ある程度押し殺さないと次に進めないのかな、と思っています」

 野尻にとっては珍しいリタイアとなったが、それでもまだランキングでは首位。大湯との関係、そして自身のメンタルなど、着実に修復しながら、シーズンを戦っていきたい構えだろう。

接触後、コース外へ撤去された野尻智紀(TEAM MUGEN)のマシン

■「このレースに懸けていた」と大湯

 一方の大湯は、あまりのショックからミックスゾーンにはやって来ないのではないか……との憶測も流れたが、終了時刻間際になって、ようやくメディアの前に姿を見せた。

「僕自身、そしてチームとしても、あのアクシデントがあるまでは、完璧に仕事ができていたと思いますし、ピットワークも過去イチくらいの速さだったので、あのまま行けていれば、タイヤのマイレージの分(の差)で前に出られたと思います」

 そう切り出した大湯。接触からは1時間ほどが経過していたが、どこかまだ放心状態から戻ってくる途中といった様子で、ひとつひとつ、ゆっくりと単語を選ぶように言葉を続けた。

 接触の直前、野尻の姿はミラーで確認していた。「S字2個目の段階では見えていて、ぶつかった瞬間はもう死角の場所だったので見えていませんが、(左コーナーへ)入っていくところでは、1車身分は残していたつもりです」と大湯は振り返る。

 接触自体については、大湯も野尻の謝罪を受け入れ、大きなわだかまりは残っていないようだが、予選から好調を維持し、決勝でも描いていた戦略の中で戦えていた大湯は「このレースに懸けていた」というだけに、受け入れ難い終わり方となったようだ。

「僕は野尻さんを責めるつもりもありませんし、とくにSF23のエアロになってから、接戦の状況になったときにコントロールがちょっと難しくなるのかなとも思うので、それ(接触)自体は責めるつもりはないのですが、やれるだけのことをやり、OTS(オーバーテイクシステム)も駆使しながらペースをなんとか維持して、タイヤもいたわりながら走って、いい流れでピットアウトできていたので……」

「レースを続けていくなかでは、すごくギリギリのなかで、いろいろな部分でアピールしていかなければいけないし、(その意味では)結果というのは非常に大事な部分だったんですけどね。だからこそ、この早めの第2大会のタイミングで勝っておきたかった。その思いしかないですね。アクシデントどうこうじゃなくて、『結果を残せなかった』という思いが強すぎて……」

 無念すぎる結果とはなったものの、「あそこまではいいレースができていたし、チームとしてもポジティブな週末になったかな」と大湯は手応えも口にする。今後もこの流れに乗っていければ、野尻やTEAM MUGENとタイトルを争う位置にもつけることができるだろう。

 ふたりの胸中は限りなく複雑であろうが、次戦以降もこの2台による上位争いが見られる予感も漂う一件ともなった。

2023スーパーフォーミュラ第3戦鈴鹿 大湯都史樹(TGM Grand Prix)

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