バルセロナが大物を獲り逃がした結果「大成功した3名、失敗した3名」

これまで多くの選手を獲得してきたバルセロナ。その大型補強には成功も失敗もあり、そして獲得に至らなかったビッグネームもある。

今回は『Planet Football』から「バルセロナが大物を獲り逃がした結果、大成功した3名、失敗した3名」をご紹介する。

▼大成功した3人

デイヴィッド・ベッカム

バルセロナがデイヴィッド・ベッカムの獲得に動いていたのは有名な話である。マンチェスター・ユナイテッドを退団するとき。ニューヨーク・タイムズ紙も「彼はバルセロナに移籍することに合意した」と伝えていた。

会長選挙に臨んだジョアン・ラポルタが公約としてベッカムの獲得を掲げ、ユナイテッドとも代理人ともある程度の合意が形成されていたという。ただその約束は守られず、ベッカムはレアル・マドリーへと移籍した。

しかしその代わりにバルセロナが獲得したのはブラジル代表のロナウジーニョだった。最終的にはこれがうまく行ったといえる。

ジョルジニオ・ワイナルドゥム

2021年の夏、バルセロナの財政状況は非常に厳しいものがあり、リオネル・メッシを引き止めることができなかった。その状況では外から大きな補強はできない。フリーエージェントの選手に注目しなければならなかった。

そしてバルセロナはリヴァプールを退団するワイナルドゥムに目をつけ、獲得寸前にまでこぎつけた。ところが、最終的に大きな給与を提示してきたパリ・サンジェルマンにかっさらわれてしまった。

とはいえ、彼がチームに入らなかったことによってペドリとガビがブレイクしたことを考えれば、まさに獲得失敗が功を奏したといえるだろう。

ジネディーヌ・ジダン

かの有名なヨハン・クライフは、バルセロナの監督を務めていた1996年にジネディーヌ・ジダンの獲得を狙っていた。そして交渉の末に口頭で合意に達したことも明らかにされていたが、その後クライフが退任することになった。

そしてジネディーヌ・ジダンはライバルのレアル・マドリーへと移籍することになり、バルセロナとは何度もビッグマッチでしのぎを削ることになったのだが…。

なお、ジダンを獲得できなかったことによって中盤にはレアル・マドリーからルイス・エンリケが加入することになった。ピッチ上ではジダンほどではなかったが、結果的に彼は監督としてクラブを多くのタイトルに導いた。

▼大失敗した3人

クリスティアーノ・ロナウド

クリスティアーノ・ロナウドが記録的な移籍金でレアル・マドリーへと移籍したときの話ではない。2003年、スポルティングCPからマンチェスター・ユナイテッドへと加入した時のことである。

ジョアン・ラポルタ会長いわく、バルセロナはその際にデコを獲得するために代理人のジョルジュ・メンデスと接触しており、クリスティアーノ・ロナウドも売り込まれていたとのこと。

ただその時バルセロナはロナウドではなく同じスポルテイングからリカルド・クアレスマを獲得し、わずか1年で手放すことになっている。

メスト・エジル

2010年のワールドカップでドイツ代表の一員であったメスト・エジル。世界的な司令塔として注目を集め、バルセロナもその獲得に動いた。

ただ後にエジルが自伝で明かしたところによれば、「ジョゼップ・グアルディオラの振る舞いや態度のため、僕はバルセロナに行きたくなかった。モウリーニョは何度も彼と戦っていたからね」とのことで…。

なお、バルセロナはエジルの代わりにバックアップのターゲットに移行し、PSVアイントホーフェンで活躍していた若手のイブラヒム・アフェライを獲得した。

ジャンルイージ・ブッフォン

2001年にパルマからユヴェントスへと移籍することになったジャンルイージ・ブッフォン。「世界で最も求められるゴールキーパー」であった彼にはたくさんのオファーが舞い込んでいたという。

ユヴェントスを選んだ決め手は父親による「環境を考えればイタリアに残ったほうが良い」という説得であったとのことで、ブッフォンはそれを受け入れてバルセロナを断ったという。

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まだペペ・レイナがNo.1になる準備ができていないと感じていたバルセロナは、アルゼンチンからロベルト・ボナーノを獲得することにした。しかし彼は多くのミスを犯し、わずか2年で退団している。

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