児童養護施設で暮らす子どもらのスマホ事情 全体の所持率が上がる中、現場で見えた課題とは

岡山県内の児童養護施設でスマートフォンを操作する女子高校生

 児童養護施設に入所する子どもらのスマートフォンの所持を巡り、厚生労働省が昨年10月、各施設に国などが分配している「措置費」と呼ばれる予算から端末代や通信料を支出してもよいとする指針を文書で示した。以前から禁止はしていなかったが、新型コロナウイルス禍で教育のオンライン化が加速したことなどを受け、国として初めて明確に方向性を示した形だ。この指針を受け養護施設での所持率は一般家庭の所持率に近づくとみられるが、国が新たに予算を分配するわけではなく、現場は対応に四苦八苦している。(共同通信=大村響)
 ▽「クラスで持ってないのは自分だけ…」
 岡山県内の児童養護施設で生活する県立高2年の男子生徒Aさんはスマホを持っていない。不所持はクラスでも1人だけだ。特に困るのは、部活動などの急な予定変更に対応できないことだという。「休日に予定されていた練習が、急きょ中止になることがある。部員のみんなはグループラインでその連絡を受け取れるが、自分は40分近くかけて自転車で行った学校の体育館に誰もいないのを見て、初めて中止になったことを知る」と不便さを嘆いた。
 施設に入所する子どもらのスマホ所持率は全体と比べて低い。岡山を取材拠点にしている筆者は昨年、県内11の児童養護施設の中高生計139人にアンケートした。すると高校生の所持率は83・3%で、中学生は0%だった。県内の中高生の所持率を調査した岡山県教育委員会の2021年の調査では、高校生は99・5%、中学生は75・3%に達し、差は歴然だった。この傾向は全国的にも同じだろう。

岡山県内の中高生のスマートフォン所持率

 施設の関係者によると、スマホを持っている高校生のうち、施設側がスマホ代を支出しているケースは少なく、多くは自らアルバイトをして費用を賄っているのが実態という。
 施設職員からは「スマホを持つことで生まれるリスクがある」と懸念の声も上がる。
 まず考えられるのは、離れて暮らす親が子どもと勝手に連絡を取り合う事態だ。施設で生活する子どもは入所前に親などから虐待を受けていたようなケースが多く、施設側に親と子どもとの適切な距離が保てなくなることへの警戒心は強い。
 また子どもに発達障害があったり、十分な愛情を受けずに育ち、情緒や人間関係に困難が生じる愛着障害があったりすることも少なくなく、対人関係などからトラブルに巻き込まれるケースも考えられる。現在は未成年でも施設側の判断で通信会社と契約することができるが、親から「なぜ勝手なことをしたのか」とのクレームが来ることも想定される。
 養護施設の運営指針には「子どもと家族との関係調整」と書かれ、施設職員は親とも信頼関係を維持しながら支援に当たることが求められている。スマホトラブルで親との関係が悪化し、その後の信頼関係の修復に時間や手間がかかることへの心配が先立つようだ。

外で遊ぶ北九州市の養護施設の子どもら

 ▽スマホが持ててクラスメートらの輪に入れた
 しかし、年頃の子らがスマホを持つことのメリットは無視できない。北九州市の児童養護施設で生活する高2の男子生徒Bさんは、スマホを所持して学校生活が送りやすくなったと言い切る。「入学当初は持っていなかった。クラスメートみんながLINE(ライン)で連絡を取る中、自分だけ輪に入れなかった」と振り返った。友人同士の話題もインスタグラムやTikTok(ティックトック)などSNSの話題が多く、話についていけなかったという。
 野球部にも所属していたが、部の連絡は基本的に顧問の先生も入るLINEグループが使われる。休日には素振りの動画をLINEで提出する課題もあったが、提出方法がなく困った。自分だけ持っていないことで疎外感を感じていたという。

スマホを持つBさん

 この施設では厚労省の指針が出た後も、「措置費」の予算に余裕がなくスマホ代を捻出しにくいとの理由で、原則自分のアルバイト代でやりくりすることにしている。ただ、Bさんのように部活動でアルバイトする余裕がない生徒もいる。
 そこで施設の職員が助けを求めたのは、養護施設などにスマホの貸し出しを行うNPO法人「スマホ里親ドットネット」(千葉市)だった。
 国連で採択された「子どもの権利条約」内には、「子どもが意見を表明し、参加できること」がある。
 スマホ里親ドットネットでは「今の子どもにとってスマホは生活に欠かせないインフラであり、意見表明や社会参加にはスマホが必要になっているのに、それが失われているのはおかしい」(事務局の藤堂智典さん)と考え、2019年ごろから、児童養護施設やファミリーホームといった「社会的養護」の元で育った子どもらにスマホを貸与し、使用を支援する活動を開始した。同法人が契約したスマホを子どもらに貸し、企業などの寄付金を頼りにスマホの本体代や通信費などの支払いも担う。社会的養護下にいる子どもらであれば、貸与期間は特に決められていない。
 Bさんにスマホが貸与されると、効果はてきめんだった。施設職員によると、以前は多かった学校への遅刻や欠席が目に見えて減ってきた。友人から「学校に来なよ」と連絡が来て、励まされる形で学校に出てくることもあった。友人とのつながりを支えに、生徒は現在も順調に通っているという。職員らは高校生活にスマホが必需品になっていると実感した。

スマホを児童福祉施設の子(左)に渡す「スマホ里親ドットネット」の職員(スマホ里親ドットネット提供)

 ▽「措置費から支出してもよい」が、推奨まではしていない
 しかし、民間団体からの貸与だけでは、団体が貸与できるスマホの台数に限りがあるなど広がりに限界がある。所持できることがベストだが、最も障壁となるのはやはり費用面だ。厚労省が昨年10月に都道府県や政令指定都市などの自治体に示した指針は「(児童の養育費などに充てられる)措置費から支出してもよい」と記した。
 「携帯電話等はさまざまな情報にアクセスするための通信手段や緊急連絡手段として、日常生活において有用なものとなっている」と指摘し、教育面以外での必要性にも言及している。また日常生活の利用を目的とする場合は「一般生活費」、オンライン授業などを目的とする場合は「特別育成費」として支出するよう具体的に示している。
 厚労省によると近年、自治体関係者らから「スマホ代をどうすべきか」といった問い合わせが増加傾向にあり、一般的にスマホが普及している現状を踏まえ、今回の指針を示したという。
 一方で所持を推奨する内容ではなく、「所持するかどうかも含め、子どもの年齢、利用頻度、閲覧の制限など、各施設において適切に判断いただきたい」とした。
 「今の生活費にはスマホ代全てが出せるほどの余裕はない。どこを削ってスマホ代に充てるか、各施設で苦慮している」と北九州市の施設職員は胸の内を語る。
 市内の施設では現在も十分とは言えない「一般生活費」から被服費や食費、娯楽費などを削って、自らスマホを所持する子どもらの通信費4千円を捻出しているという。「他の施設の話を聞いていても、生活費のどこにも余裕はない。指針と一緒にスマホ費用が新たに追加されればよかったけど…」。指針が出たのは前進と捉えるが、現場としては財政的な裏付けがなく、“丸投げ”された感が残る。

北九州市の児童養護施設で働く職員ら(施設側の提供写真)

 ▽「最低限の保障」として捉えられるようになった
 養護施設の子どもらのスマホ所持を巡り、児童養護施設に詳しい至誠館大学の山口季音准教授に聞いた。
 ―そもそも児童養護施設と一般世帯の子どもの所持率に差が生まれている背景は何なのか。
 「まずは予算に余裕がない点。子どもにとって必要だと認識する考えがあっても、国がスマホのためなどと児童養護施設の予算を増やすと『劣等処遇の原則』のような考えが生まれ、批判が起こることを懸念していたと思われる。これは1934年にイギリスの新救貧法で登場した原則で、『福祉サービスの対象者の生活水準は一般の労働者の一番賃金の低い最下層の者の生活水準を上回ってはいけない』というものだ。スマホは「ぜいたく品」と見なされることも多く、これまで「最低限の保障」として捉えられていなかったのだろう。加えてリスク管理の問題も大きい。子どもにスマホを持たせることで自由に親に連絡を取り、職員が知らないところで問題が発生するリスクがある。そのようなリスクを考えると、予算面が解決できたとしても、所持率は上がらない可能性もある。ただ時代に合わせた変化が必要で、指針はその表れだろう」

リモート取材に応じる至誠館大学の山口季音准教授

 ―時代とともに施設の子どもたちが得られる最低限の保障の中にスマホも含まれるとの認識が広がってきたのか。
 「これからの子どもたちは生活する上でスマホが必要だと思う。自分が子どもの頃にスマホが必要なかった世代など、あらゆる年代の人に対して『今の子どもにとってどれだけスマホが必要なのか』を説明し、理解してもらう必要がある」
 ―厚労省の指針で足りないと感じる部分は。
 「主に2点ある。一つ目は『現場任せ』の部分が多い点だ。施設の中にはスマホトラブルに不慣れな職員も多いだろうし、所持させたくてもできない施設も存在するだろう。施設では人手不足が喫緊の課題になっており、子どものスマホ所持で負担はもっと増える。注意事項やトラブル対処法を職員が学び、各施設の実践を共有し合う研修の機会が全国的に設けられるべきだろう。
 二つ目は『貧困家庭』への言及がない点だ。スマホが必要なのは施設の子どもだけでなく、貧困家庭の子ども全般にも言える。支援が施設の子どもだけでなく、(経済的に苦しくスマホが買えない)貧困家庭の子どもにあまねく行き渡ることが求められる」

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