外国人観光客も涙 原爆ドーム前に17年立ち続ける男性が語る「被爆」 「核なき世界」に向けた平和の種、G7サミットの首脳に届くか

外国人観光客にガイドをする三登さん=23年2月、広島市

 原子爆弾の悲惨さを伝える広島市の原爆ドーム。その南側にある街灯の下に、三登浩成さん(77)はいつも立っている。雨の日以外は毎日、午前10時ごろから夕方まで。猛暑の日も氷点下の日も、自宅から自転車で40分かけて通い続け、17年になった。ボランティアのガイドとして、世界中から来る観光客に被害の実態を伝えるためだ。接した人々は30万人を超えたという。
 三登さんは78年前、母親のおなかの中で被爆した「胎内被爆者」。ガイドをした外国人観光客の中には、泣き出したり、ハグをして犠牲者のための祈りをささげてくれたりする人もいる。被爆者の苦しみを知り、心を動かされる人の姿をたくさん見てきた。「被爆者本人から聞くと、原爆がより現実味を持つ。知識として知るのとは全然違うのだろう」。行動を変える人が少しずつ増えれば、「核なき世界」に向け、世論が変わると信じている。(共同通信=西村曜、石原知佳)

三登さんの被爆者健康手帳

 ▽行動を変えた人たち
 「Which country are you from?(どの国から来たの)」
 外国人観光客には、高校の英語教師として培った語学力で話しかける。自身の被爆者健康手帳を見せ、母親の体験談を話す。何度も取り出すため、手帳の表紙はぼろぼろだ。
 三登さんのモットーは「世界のなるべく多くの人が被爆の実相を知ることこそ、核廃絶への着実な道」。原爆ドーム前を定位置に選んだのも、平和記念公園の中で一番人通りが多かったからだ。
 三登さんがガイドで使う資料は当初、日本語と英語だけだった。しかし、話を聞いてくれた外国人観光客の中に、「母国語に翻訳したい」と申し出てくれる人がいた。今ではスペイン語、フランス語、中国語など合計9言語に。三登さんと出会い平和運動を始めた米国人女性もいるという。 

外国人観光客が翻訳してくれたフランス語とポルトガル語の資料

▽平和の種まき
 三登さん自身も、他の人から影響を受けてガイドを始めた。50歳だった1996年、教員の研修会で広島市内の原爆関連の碑巡りに参加した。このとき出会ったのが、22歳で被爆した沼田鈴子さん=2011年に87歳で死去=だった。
 

広島・平和記念公園で被爆体験を話す沼田鈴子さん=1999年

 沼田さんは被爆して左脚を切断し、車いすや松葉づえを使っていた。それでも20カ国以上を訪れ、精力的に原爆の恐ろしさを伝えていた。三登さんはその姿に感銘を受け、58歳で教員を早期退職すると独学で原爆について学ぶ。2年後の2006年、原爆ドームの前に立った。
 どの団体にも属さず、1人で始めたガイドだったが、次第に一緒に活動したいという人が現れ始め、今では5人の仲間とガイドしている。
 「とにかく『平和の種』をまかないと。そのうちのいくつかは枯れるかも知れないけれど、花が咲くものも中にはあるはず」
 「平和の種」という言葉は、沼田さんが好んで使っていた。沼田さんから三登さんへ、そして三登さんからガイド仲間や観光客へ。少しずつ「平和の種」は受け継がれている。

 

自作資料を使い原爆ドーム前でガイドする三登さん=23年2月、広島市

 ▽リーダーたちへ
 広島市では5月19日から3日間、主要7カ国の首脳らが集まり、先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)が開かれる。史上初の被爆地開催だ。三登さんも被爆地での開催を評価している。理由は「被爆者が生きているうちに開催される、最初で最後の貴重なチャンスだ」から。注目していることがある。首脳らと被爆者との面会だ。
 被爆者の平均年齢は84・53歳(厚生労働省集計、昨年3月末時点)。三登さんら胎内被爆者は「最も若い被爆者」だが、それでも77歳。高齢化は深刻だ。
 三登さんはこう願う。「首脳らも、会って話せばもっと身に迫って感じるはず。一人の人間として、被爆者の話に耳を傾けてほしい」。首脳には強い権限と重い責任がある。被爆の実相に触れた次は、首脳の立場で、核なき世界の実現に向け行動に移してほしい。肝心なのは、知った上で何をするかだ。「注目すべきはサミット後の行動」。首脳たちは「平和の種」を受け継ぐだろうか。

外国人観光客にガイドをする三登さん=23年2月、広島市

   ◇    ◇    ◇

 共同通信は今年2~3月、全国の被爆者を対象に、広島サミットへの期待感などを尋ねるアンケートを実施した。回答者は521人。67・4%が「核廃絶に向けた具体的成果があるとは思わない」と否定的な回答をした。被爆地・広島での開催自体は88・3%が評価した。
 広島選出の岸田文雄首相は「核なき世界の実現」を掲げるが、ウクライナ侵攻で核の脅しを続けるロシア不在の上、国際的に核抑止力強化を訴える声が高まっている。冷ややかとも言える回答結果は、厳しい国際情勢や日本政府への失望が反映された結果となった。
 成果を期待できない理由は「ロシアや中国など参加していない核保有国がある」(36・2%)が最多。続いて「日本のリーダーシップに期待できない」(22・8%)、「参加国全てが核保有国か核の傘の下にある」(22・2%)と続く。

 今回のサミットを構成するのは、いずれも核保有国か核の傘の下にある国々。核の威嚇を続けるロシアが参加する枠組みでもなく、ただでさえ停滞してきた核軍縮議論の進展は見通しにくい。
 それでも被爆者がかすかな希望を寄せるのは、核兵器の恐ろしさを世界に知らしめる機会になることを願うからだ。アンケートにつづられた「私たちを最後の被爆者にしてほしい」との思いは共通の悲願だ。
 史上初の被爆地開催をうたう広島サミットの成果が「ヒロシマで開催した」だけで終わるのか。核なき世界に一歩でも近づく場になるのか。被爆者たちは厳しい目で見ている。

【この記事の動画はこちらから】
https://youtu.be/MexO5Afgb3k

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