俳優渡辺謙さん「核なんてもういらないと言える国に」政治リーダーに望むビジョン【G7広島サミットへの望み】

 渡辺謙さん

 国内外で活躍する俳優の渡辺謙さん(63)は1991年の湾岸戦争のリアルな映像にショックを受け、新聞への投書から声を上げ始めた。近年も交流サイト(SNS)などを通じて、政治的な問題、反戦や脱原発への思いを発信している。

 ハリウッド版「GODZILLA ゴジラ」や東日本大震災の東京電力福島第1原発事故を題材にした「Fukushima50」など核に関連する作品にも多く出演している。ロシアのウクライナ侵攻で核の脅威がかつてないほど高まる中、核のもたらす惨禍を知る日本のあるべき姿を尋ねた。(共同通信=益子真之介)

 ▽核兵器が使われたらどうなるのかを共有しよう
 唯一の戦争被爆国であり、原発事故を経験した日本は、世界に向けて「核ってもういらないものですよ」と言える国にならなくてはいけない。そのために政治家は政策をどう進めたいのか、大きいストーリーを描き、伝えてほしい。僕らももっと、考え続ける機会や時間を持つべきだ。

 湾岸戦争で、初めて映画やフィクションではない、人と人とが殺し合う現実に直面した。砲弾やミサイルが飛び交う鮮明な映像をライブで見て、いつまで人間はこんなことを続けるのか。黙して語らずでいいのかと声を上げ始めた。

 核兵器を巡ってはこれまでもキューバ危機などがあったが、ロシアのウクライナ侵攻でそれを上回る危機感を持った。核戦争なんか起きないではなく、本当に核兵器のボタンが押されたらどうなるか、考え続けることが必要だ。同盟とか政治的なバランスの問題ではなく、この兵器そのものが地球規模でどういう災いをもたらすのか。イメージを全員で共有できたら手っ取り早いと思う。

 ハリウッド版ゴジラの映画の演出だが、核兵器の被害を避けるために市街地ではなく海上で爆発させようとする場面があった。アメリカで活動していて、核の影響力の恐ろしさを分かっていない、認識が薄いと感じる。だが、日本国内でも地域間ギャップは生まれている。太平洋戦争を描いた映画「硫黄島からの手紙」に出演した際、全国の高校生と交流した。広島、長崎を除くと8月6日、9日が何の日か分からない生徒もいた。

 ▽自由に未来を語る、その雰囲気がなくなっている

 渡辺謙さん

 原発事故を経験したのに自然エネルギーにシフトすることなく、ウクライナ侵攻でエネルギー事情が厳しいからと原発回帰にかじを切る。防衛費増額、食料自給率低下に関してもそう。検証して、ビジョンを描いて、前に進む。今の政治に著しく欠けている。国会中継を見ても官僚がつくった紙を読むだけで政治家の意思は伝わってこない。

 ビジョンを描いてもらわないと未来をイメージできないので否定も肯定もできない。自由にいろんな意見を活発に出し合いながら未来をみんなで語る。今はそういう空気とか雰囲気がどんどんなくなっている。それが一番問題かもしれない。

 日本は5月の先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)の議長国として、こんな状況で何を話せるのか。10年、20年先のプランニングも見えてこない中で、地球規模の話ができるのか。行き当たりばったりの日本政府の政策では、夢も希望も描けない。

 ▽作品通じて何が伝えられるのかを考えている
 戦争は究極のバイオレンスだから子どもに触れさせない方がいいという風潮がある。子供たちにそれを見せていいんだろうか、伝えていいんだろうか。コンプライアンスを重視しすぎ、テレビや新聞が被害の実相、真実を伝えられていないのではないか。ミサイルの先で何の抵抗もできない人たちがたくさん亡くなっていることを僕らがもっとリアルに感じ、伝えなければいけない。

 作品をつくる時、今を生きている人たちに、この作品を通して何が伝えられるかを考えている。本当に伝えるべきことを作品を通して伝えられているのか。僕個人がこうして発信する時も同じ。今、僕たちが生きている社会の中で、生きている人たちに何を伝えていけるかを考えている。
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 わたなべ・けん 1959年、新潟県生まれ。ハリウッド映画「ラスト・サムライ」で米アカデミー助演男優賞の候補に。主役を務めたミュージカル「王様と私」は英米でも上演された。

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