母なるもの

 今年生誕100年を迎えた作家の故遠藤周作さんは子どものころ、勉強ができず、特に算数がからっきし駄目だったという▲「周囲の者や親戚の人たちから馬鹿(ばか)にされるばかりか、学校の先生からも馬鹿あつかいを受けて、自分でも俺はほんとに馬鹿ではないかという劣等感に悩まされた」と随筆「母と私」につづっている▲傷つき、悩む息子を、母の郁さんは「お前には一つだけいいところがある。それは文章を書いたり、話をするのが上手だから、小説家になったらいい」と励ました。遠藤さんが小説や童話のようなものを書いて見せると、郁さんは褒めた▲遠藤さんは「母が私の一点だけを認めて褒め、今は他の人たちがお前のことを馬鹿にしているけれど、やがては自分の好きなことで、人生に立ちむかえるだろうと言ってくれたことが、私にとっては強い頼りとなった」と述懐している▲郁さんの姿は、人間の悲しみや苦しみに寄り添い、すべてを受け入れて包み込む「母なる神」というテーマへたどり着く大きな手掛かりとなった。わが子を信じ続け、惜しみなく注いだ母の愛情が、作家遠藤周作をはぐくんだのだと言える▲無償の愛に包まれて育つ幸せをかみしめたい。そして、それを与えてくれるかけがえのない人に感謝したい。14日は「母の日」。(潤)

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