洋画家「浅井忠」は別の顔も持っていた、一体どんな人? 京都で展覧会

蒔絵(まきえ)や螺鈿(らでん)といった技法を駆使した菓子器も浅井のデザインによる

 「浅井忠」ってどんな人? 明治期の京都で名をはせた浅井の多彩な仕事ぶりを駆け足で学べる展覧会が、京都市左京区のみやこめっせで28日まで開かれている。

 江戸に生まれ京都で生涯を閉じた浅井(1856~1907年)は洋画家として知られるが、別の顔も持っていた。京都高等工芸学校(現在の京都工芸繊維大)の初代図案科教授を務めたほか、亡くなる直前の1907年9月には自らの図案による陶器を販売する店「九雲堂」を祇園石段下に開店。文芸芸妓として知られた祇園のお茶屋「大友」の女将・磯田多佳が女将を務めた。

 ライバルは京都生まれ京都育ちの図案家・神坂雪佳だったともいわれる浅井の歩みをコンパクトにまとめた今回の展示では、直筆の図案集、洋画のほか、留学先のフランスから持ち帰った花瓶やポスターなど計約30点を紹介する。

 帰国後に京都高等工芸学校の教壇に立つことが決まっていたため、教材用の陶磁器やポスターを現地で収集したといい、海外のデザインで京都の伝統工芸界に新たな風を吹き込もうとした姿が垣間見える。

 自らが図案を手がけた漆器や陶器もユニークで、100年以上たった今も色あせない魅力を放つ。一方で重厚な作風の洋画もあり、浅井の多彩な仕事ぶりに触れられる。

 みやこめっせでは京都にある大学ミュージアムの所蔵品を順に紹介するシリーズ企画を予定しており、今回はその第1弾。京都工芸繊維大美術工芸資料館(左京区)のコレクションを展示した。次回は秋ごろの予定といい、主催の京都伝統産業ミュージアムは「大学の貴重な美術品に触れ、実際の所蔵館に足を運ぶきっかけにしてほしい」としている。見学無料。

浅井忠が図案を考えた菓子皿。あかんべえをする鬼の表情が目を引く
京都高等工芸学校の初代校長を務めた中澤岩太の肖像画。浅井忠の筆による
京都工芸繊維大美術工芸資料館が所蔵する浅井忠ゆかりの作品(京都市左京区・みやこめっせ)

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