プロはサッカーのデータをこう見る。「競技未経験の分析官」龍岡歩さんに聞く、意外な注目の数字とは?

このところ、サッカーをはじめとした様々なスポーツでは様々な項目が数値化され、競技面をアカデミックに分析する作業が活発になっている。

Jリーグでも「JSTATS」という際に関わる様々な競技データが収集されており、それで判明した数字やランキングなどが現場で利用されているという。

ただ、これらの数字をどう見てどう利用すればいいのか。一般のファンはそれをどのように見ればサッカーをもっと楽しめるようになるのか。そこはまだまだ未知数な部分があり、十分に「競技を楽しむ」ために利用されているとはいいがたい。

そこで、Qolyではメディアに期間限定で配られた「JSTATS」の資料を持ち、データ分析や試合分析のプロにお話を伺うことにした。今回直撃したのは、おこしやす京都ACでアナリストを務めている龍岡歩(たつおかあゆむ)さんだ。

サッカー未経験から「データ分析のプロ」になったワケ

龍岡さんはサッカー選手としての経験はゼロ。しかし、海外のサッカーユニフォームを輸入販売するショップのブログで書き始めた試合分析が評判となり、実際のサッカーにスタッフとして関わることになった。

「元々は商品を紹介するブログだったんですが、それだけでは誰にも見てもらえないので、サッカーの分析を書いていました。するとそちらのほうばかり読まれるようになってしまって…(笑)」その分析に目をつけた小山淳(現スポーツX株式会社代表取締役社長)に誘われ、藤枝MYFCの分析スタッフに加わることになった。

容易に想像できる通り、やはりサッカー経験がないことによる苦労もあったそうだ。「元選手にとっては、どこの学校にいた、どこのクラブでプレーしていたということが『肩書』になるのですが、自分にそれはありません。話を聞いてもらう、説得力をもたせることには苦しみました」。

ただ、そこで龍岡さんを救ったのはデータと結果であった。「2015年の天皇杯2回戦で、当時J1の清水エスパルスを相手に4-2で勝利したんです。これは自分にとって最も記憶に残っている試合ですね」と龍岡さんは回想した。

そして、おこしやす京都ACに移ってからの2021年にも「ジャイアントキリング」に成功する。関西サッカーリーグ1部のクラブでありながら、J1の強豪サンフレッチェ広島を相手に5-1という衝撃的な勝利を収めた。まさにこの2つの奇跡が龍岡さんに「分析官という肩書」を与えたといえる。

まさに「数字とデータ」でチームに勝利を与える存在。それが龍岡さんである。

試合のデータは「こう見れば面白い」というポイント

まず龍岡さんに見てもらったのは、試合の対戦カードのデータだ。チームのこれまでのスタッツ、得点パターン、ゴールやアシストのランキング、そしてピッチ上の動きを示すホットゾーンのエリアだ。

龍岡さんがここで注目したのは「得点パターン」であった。「サッカーというのは最終的に点を奪うスポーツです。ボールを保持する時間が長くても、それがゴールに繋がっていない場合もあります。クロスの数が多くても、それが得点になっているのかどうか。そのチームがどのようにゴールを導いているか、というのは重要なデータですね」。

また、「このようなデータは蓄積が重要なんです。シーズンの序盤はそれが足りないので、どの選手が出てくるか、どこが強みでどこが弱みなのか、数値の信頼性が欠けています。したがって、後半戦にこそ分析官の強みがより現れてくるのではないでしょうか」とも話していた。

データを分析するにはそのための材料がなければいけない。「監督交代ブースト」はあるのかどうか…ということはよく話題に上がるが、相手チームに分析を難しくさせるという効果は大きいはずだ。

そして次に見てもらったのは、各チームにおける選手ごとのデータだ。パス数やシュート数、走行距離など様々な項目があり、それぞれの選手の記録がランキング形式に集計されている。

そこで龍岡さんが注目したのは、「スプリント数」と「走行距離」の項目だった。

「走行距離とスプリント数は同じ『走る』ことに関する項目です。ただ、スプリントをしないにもかかわらず走行距離が長い選手もいますし、その逆もあります。例えば横浜F・マリノスではアンデルソン・ロペス選手が両方で上位にいますが、エウベル選手はスプリントがトップで走行距離はランキング外です。これは、エウベル選手が『走るタイミングや場所がいい』タイプだからだと思います」という。

「逆にスプリント回数が少ないにもかかわらず走行距離が長い遠藤保仁選手のようなタイプもいます。それぞれの『走り方』が出る項目ですね」と、その関係性の面白さを教えてくれた。

そして、プロの目から見て意外に注目すべき項目は「こぼれ球奪取数」であるとのことだ。一見地味な数字であるが、実は最も重要なものの一つだそう。

「サッカーは結局ボールを奪わなければ攻撃できないスポーツです。流れの中で攻守が切り替わるのがセカンドボール。それを誰が最も多く取っているのか。地味な選手が入ってくる項目ですが、『実はとても重要』な存在がここにいるんです」と龍岡さん。

ただ、「これらのデータで出ているチームの『強み』は、一方で狙い所にもなります」とも。「逆に言えば、セカンドボールを多く拾っている選手を封じれば、そのチームの良さを消すことができるんです」。

そのチームの強みとして出ている上位のデータが、あるときには相手に狙われるポイントにもなる。このチームは何を生かそうとしているのか、相手の何を消そうとしているのか、データを見てそのようなことを考えながら試合を見るのも面白そうだ。

分析官は「どうやってデータを現場に落とし込む」のか。

さて、それではおこしやす京都ACの分析官として活動している龍岡さんは、実際の現場ではどのようなスケジュールで動いているのだろうか。

「監督や選手より一週間前倒しで動いているような感じですね。今日も試合がありましたが(取材日:5月27日)、この段階では『そうか、今日はこの相手だったな』という感じです。分析官としては仕事が終わっているものですから(笑)」という。

二週間後の相手の分析を行い、そして試合一週間前の練習に向けてチームに提案する。その後スタッフや選手がピッチ上に落とし込む…という流れになるとのこと。

ただ、もちろん分析官が作り上げたインフォメーションや提案が現場の監督やコーチにすべて採用されるわけではない。

苦労して立案したものが採用されないとき、分析官はどんな感情を抱くのだろうか。自分のほうが正しいのに…という気持ちにならないのだろうか。その素朴な疑問に龍岡さんは笑ってこう返答した。「そんなことは絶対にないですよ!我々が出しているものはあくまで素材であり、それを採用するかどうかはすべて現場の監督次第なんです」

さらに、「むしろ我々のほうが、現場が必要とする情報や提案を出すためにアジャストしていかなければいけない。監督によって求めるものは変わってきますから」と、逆に分析の側が現場に合わせる必要性を強調していた。

では、ちなみに現在おこしやす京都ACで監督を務めている吉武博文氏はどんなものを求めているのだろうか?

「監督には大まかに分けて2つの性格があります。一つは相手のサッカーに合わせて作り上げる方。もう一つは『自分たちに相手を合わさせる』方です。もちろんそれぞれの監督によって割合が違うのですが、吉武監督は100%後者ですね」と龍岡さん。

続けて、「とにかくまずは自分たちのやるべきサッカーをすること。それに相手が対応せざるを得ない状況を作り出そうとしますね。ですので、我々もそこで必要となる提案をする。それが仕事なんです」と明かしていた。

ということで今回はおこしやす京都ACの分析官を務める龍岡歩さんに「JSTATS」の面白さ、ファンでも楽しめるデータの見方や注目どころを教えていただいた。

ただ龍岡さんは、「サッカーにおけるデータ分析はまだまだ発展途上」だと話す。競技の現場においても、そして一般のファンに向けての見せ方においても、これからまだまだ伸びしろが存在する分野だ。

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今回メディア向けに公開された「JSTATS」はあくまで計測されている数字の一部分に過ぎない。これからどのようなデータがファンに提供され、そして活用されていくのか、サッカーの分野における新たな注目ポイントになりそうだ。

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