社説:LGBT法案 これで理解が進むのか

 LGBTなど性的少数者への理解増進法案が、与党案を修正し、衆院本会議で可決された。与党が、日本維新の会と国民民主党が提出した案をほぼ丸のみした。

 だが、共生社会への趣旨が一層後退したと言わざるを得ない。性的少数者が生きやすい社会につながる法案に修正するべきだ。

 法案を巡っては、2年前に与野党の実務者で合意していた。だが、自民の保守系議員の反発で国会提出が見送られた。

 先月、岸田文雄首相の指示で先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)前日に、自民、公明が与党案を提出した。だが、合意案で「性自認」としていた文言は、自民が一部議員や支持層に配慮し「性同一性」に変更した。

 さらに修正案では、心と体の性が一致しない障害名として用いられる「性同一性」の表現を、「ジェンダーアイデンティティー」と英訳した。

 「性自認」「性同一性」のどちらにも訳せる。文言をあいまいにすることで、対象を狭めた与党案を是認する奇策としか見えない。すでに条例や計画などに「性自認」を使っている自治体にも、混乱を与える懸念が生じる。

 最も問題なのは「全ての国民が安心して生活できることとなるよう留意する」との条文追加だ。

 一見公平に思えるが、性的多数者側が認める範囲内に、性的少数者の人権や尊厳を制限しかねない。理解増進といいながら、妨げになるような規定ではないか。

 当事者団体の人たちが「誰の方向を向いている法案なのか」と失望するのも当然だろう。

 これまでの国会審議では、「女性用トイレや浴場に、心は女という男性が入ってトラブルになる」と不法行為や施設管理の問題を混同し、性的少数者を犯罪者扱いするような発言まであった。的外れの危機感をあおり、差別や偏見を広げるような議論は許されない。

 合意案にあった「民間の団体等の自発的な活動の促進」の文言まで削られている。企業や自治体、NPO法人などが取り組む支援や活動を鈍らせるつもりなのだろうか。理解に苦しむ。

 衆院の解散・総選挙が取りざたされる中、突如修正案がまとまった背景には、維新や国民を巻き込むことで、争点化するのを避ける思惑も見え隠れする。

 参院では早々に採決する動きもあるが、拙速は禍根を残す。当事者の率直な思いも聞き、改めて十分に議論せねばならない。

© 株式会社京都新聞社