仲村和浩さんと鈴木嵩志さん。
2人はフランスの製菓学校を卒業後『パティスリー・サダハル・アオキ・パリ』や『ハイアットリージェンシー東京』で腕を磨いた。
その後、仲村さんは企業やホテル、パティスリーなどにコンサルティングを行なう会社を設立。鈴木さんは『ガーデンハウスクラフツ』で製パンの経験を積む。
そんな2人が六本木にパンとお菓子の店『Think』をひらいた、と言いたいところだが、2人が選んだのは台東区上野桜木にある築85年の古民家。
鬼ごっこに興じる子どもが飛び出してきそうな路地の先に『Think』があった。
ブーランジェリーパティスリーというよりも下町博物館のような趣き。ガラスの引き戸を開けるとおいしそうなクロワッサンやマドレーヌが目に飛び込んできた。
和洋折衷ならぬ、新旧折衷の店舗。けれど、まったく違和感がない。むしろ心が和む、懐かして新しい不思議な空間だった。
「この古民家と出会い、ここでお菓子とパンを作ろうと思いました」
「ここにあったものを活かしつつ、現代の素材を使ったらどうなるのか、それを表現しました。六本木だったらこの形にはならなかったはずです」と仲村さんは語る。
パンにもお菓子にもベルギー産バターを使用
厨房でクロワッサンを焼いていた鈴木さんにも話を聞いた。
「クロワッサンには、コールマンというベルギー産発酵バターを使っています。コールマンバターを食べたことがある人は少ないと思います。じつは僕も使うのは今回が初めて(笑)」
同名のアウトドアブランドなら愛用しているが、バターのコールマンは知らなかった。
コールマンバターを扱う小売店がないため、輸入元から直接送ってもらうことにしたのだという。
そのバターはあっさりしていて、余韻が残るがくどくない味だった。
なぜそこまでコールマンバターにこだわるのか。
「この店を唯一無二のパンとケーキを焼く店にしたかったんです。そのためにもこれまでやったことのないパン生地を目指しました。わざわざ足を運んでもらうのに、どこでも買えるパンを焼く必要がありませんよね」
「あんバター」のバターだけが北海道産。それ以外の製品はパンもお菓子もすべてコールマンバター。唯一無二のパンとお菓子を目指す2人の決意が、バターひとつにもあらわれていた。
自慢の逸品を、2人にそれぞれ3品ずつ紹介してもらった。
まずはパン担当の鈴木さんから。
「『クロワッサン(380円/以下すべて税込)』はぜひ食べてください。どこにでもある、いわゆるクロワッサンではないはずです」
どこにもないクロワッサンを作るために何をどう工夫したか。クロワッサンをいただきながら鈴木さんの説明を受けることにした。
「塩分を変えました。一般的なクロワッサンの塩分は2%ほど。今回しょっぱいと感じるぎりぎりの2.4%にし、甘みを際立たせました」
歯切れの良さを演出するためにフランス産小麦を選択。その生地に焦がしバターを入れた。
塩味が強いからなのかパンチがあり、味がシャープ。しかも生地に甘みがあり、焦がしバターの香りが加わり風味豊か。
2つ目は「カンパーニュ(1400円/ハーフ700円)」。
自家製酵母のサワードゥを使用。水と小麦粉と麹で作った超高加水の生地を24時間寝かせて生地の甘みを最大限に引き出した。
自分は酸味の強いパンが苦手。だからカンパーニュを食べる機会はほとんどない。けれど、鈴木さんが焼く『Think』のカンパーニュは酸味が極めて弱かった。
「ゆっくりと発酵させているので酸味が穏やか。当日あればバターを添えて食べてください」
酸味が少ないのでハムやチーズ、野菜などをのせるタルティーヌ風オーブンサンドにしてもおいしいそうだ。
「翌日は軽くトーストしてバターを添えたり、生ハムをのせてもおいしいです」
ハーフサイズを購入した。皮がパリパリで、芯がモチモチでしっとり。おいしすぎてそのまま全部食べてしまった。鈴木さんおすすめの食べ方に挑戦できなかったのが残念。
「『ミルクフランス(350円)』もぜひ。麹で発酵させたバゲットと同じ生地を使っています。甘酒などに使う麹を使っているので、かすかに日本的な風味があると思います」
ミルククリームには北海道産濃縮ミルク、コールマンバター、奄美諸島産きび砂糖を使用。風味があるがくどくない味わい。きび砂糖を使うことでコクを出したという。
ミルクフランスというとすごく甘いものが多いが『Think』のは甘すぎないところが良い。
伝統的なお菓子とオリジナルのスイーツを用意
続いて仲村さん担当のスイーツ。
3つのうちの1つを仲村さんにリクエストしていた。そう「カヌレ」だ。
フランスの製菓学校を卒業し、フランスで修業した仲村さんが『Think』でカヌレを焼いているというので、どんなカヌレなのかとても興味があった。
仲村さんのカヌレは皮がカリカリ。芯は硬めのカスタードクリームのような食感と味わい。モチモチではなく、しっとり系。
「モチモチ感を押さえるために生地を24時間以上寝かせ、グルテンを休ませてから焼いています」
カヌレ好きなら仲村さんの自信作を食べる価値があると思う。
2つ目は「タルトクレーム(600円)」。
滑らかなカスタードクリームを味わっていたらその途中、サクサクとした何かが口に飛び込んできた。
「パイ生地とカスタードクリームの間に、プラリネ(砂糖を煮詰めてキャメル状に加工したもの)に混ぜ込むフィリティーヌ(薄く焼いたクレープ状の生地)を入れてあります」
滑らかで、サクサクで、トロトロ。複数の愉快な食感が次々に襲ってくる。
最後は焼き菓子の定番「マドレーヌ(230円~)」。
このお菓子を食べたことがない人はまずいないだろう。大半のマドレーヌはパックされている。ところが、この店では複数の味のマドレーヌがそのまま並べられていた。
「僕がパリで出会ったマドレーヌを表現するため、焼きたてをそのまま提供させていただきます。コールマンバターの風味も含め、焼きたてを食べてほしいです」
仲村さんのマドレーヌは軽い味わいでバターの風味豊か。
「マドレーヌをきちんと焼き上げるのが、ブーランジェリーパティスリーの役割だと思っています」
おいしいパンとお菓子と一緒に、懐かしい風景と出会える。
『Think』に出かけると嬉しいことがたくさんありそうだ。
【Think】
住所/東京都台東区上野桜木-15-6あたり2号棟1階
電話/03-5834-7547
営業時間/11:00~18:00(売り切れ次第クローズ)
定休日/月火(祝祭日の場合翌日休み)
(うまいパン/ 中島 茂信)