被爆者の声集め続けた放送記者・伊藤さんの生涯 講談師が作品化 8月に披露 「原爆の体験知って」

「被爆者の声」の英語版を紹介する伊藤さん=2007年8月、長崎市役所

 被爆者の証言収集に生涯をささげた元長崎放送記者の伊藤明彦さん(2009年に72歳で死去)。「その生きざまと、原爆が何をもたらしたのかを多くの人に知ってもらいたい」と東京の講談師、神田伊織さん(41)が、伊藤さんの著書「未来からの遺言」を題材に新作づくりに励んでいる。8月に東京都内で開く舞台でお披露目する。
 伊藤さんは長崎の入市被爆者。1960年、長崎放送に入社し、68年に被爆者が体験を語るラジオ番組を始めた。70年に退職後、個人で全国の被爆者約2千人を訪ね歩き、1003人分の音声証言を収録。2008年、吉川英治文化賞に選ばれた。284人分の音声証言と265人分の映像証言はウェブサイト「被爆者の声」で視聴できる。
 東京出身の神田さんは、母方の祖父らから戦時中の体験を聞いて育った。大学時代には東京大空襲を経験した人の証言を集めたことも。2016年、講談の世界に飛び込んだが、その頃、出合ったのが「未来からの遺言」だった。
 「未来からの遺言」は、伊藤さんが長崎で被爆したという男性と出会い、肉親の死や病との闘いなど苦難に満ちた半生に心打たれるが、その証言に多くの謎が含まれていたという実話を描いている。男性の証言は無数の原爆犠牲者の声が1人の「被爆太郎」の物語に凝縮された「被爆民話」だと考察し、被爆者とは何かを根底から問い直した。
 「歴史にフィクションを交えながら語り継いできた講談に通じるものがある」。神田さんは、伊藤さんの生きざまに感銘を受けるとともに、いつか作品化したいとの思いを抱いた。伊藤さんが同書を基に映画のシナリオとしてまとめた「被爆太郎伝説」の存在も知り、手元に取り寄せ、コロナ禍の中、台本を練り始めた。
 今年8月、師匠の神田香織さんとの「親子会」で戦争を題材にした新作を披露することになり、1月に作品化を決意。5月には「被爆者の声」のサイトを管理する古川義久さん(68)=長崎市=を同市の入院先に訪ね、伊藤さんの思い出などを聞いた。
 新作では、伊藤さんの人生にフォーカスを当てながら、男性の証言を克明に描き、伊藤さんの考察を紹介する筋立てを考えている。
 神田さんは4年前に東京大空襲を題材にした新作を手がけた際、「体験していない人間が語ること」について考えたという。体験者から聞いた話を忠実に伝える方法とは別に、講談という手法で、フィクションを交えることで心に残るものを表現できる可能性があるのでは-。そうした思いを胸に「原爆の体験を伝える試みの一つとして提示できれば」と創作を続ける。

古川さん(左)と面会する神田さん=5月13日、長崎市内の病院(古川さん提供)

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