イニエスタは実業家でも超一流 スニーカーやワイン、サッカー教室…輝き放った神戸、ラストゲームまであと6日

5月の横浜FC戦に途中出場した神戸のイニエスタ(中央)=ノエビアスタジアム神戸(撮影・中西幸大)

 サッカーJリーグ1部(J1)ヴィッセル神戸の元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタ(39)の神戸ラストゲームまで、あと6日。2018年夏の来日以来、ピッチ上でまばゆい輝きを放ってきたが、それは彼自身のビジネスにも当てはまった。

 世界的名手に「ありがとう」を伝える前に、19年12月に配信した「“実業家”イニエスタ 神戸で見せるもう一つの顔」を再構成し、5年間の歩みを刻みたい。 ### ■「できる男」

 推定年俸は約30億円(当時)。Jリーグ史上断トツの巨額契約で驚かせ、各地のスタジアムを満杯にしてきたスーパースターは、ビジネスにおいても才覚とネームバリューを生かして事業を展開していった。

 中でも熱を入れたのが、自ら手がけるスニーカーブランド「ミカクス」の出店だった。

 19年11月、神戸の中心地・三宮に旗艦店をオープンさせた。開業を祝うレセプションパーティーには豪華な顔ぶれがそろった。

 スペイン代表として一緒にワールドカップを勝ち取ったダビド・ビジャ(41)、元ドイツ代表ルーカス・ポドルスキ(38)ら神戸の同僚が次々と駆けつけ、マイクを握ったイニエスタは「このプロジェクトの成功を願っている」とあいさつした。

 ミカクスは母国スペインで創業したが、インターネット通販が中心だった。関係者によると、当時スパイクの契約を結んでいた「アシックス」(神戸市中央区)には出店のことわりを入れていたという。「できる男」は配慮を忘れなかった。 ### ■主将+縁=スパイク

 イニエスタは昨年9月、サッカーシューズのブランドも立ち上げた。

 主将を意味する「キャプテン」と日本語の「縁」を組み合わせ「Capitten(キャピテン)」と名付けた。神戸でも加入2季目の19年春からキャプテンマークを巻いていた。

 「縁があって来日し、日本での生活は私の一部になった。チームワークが大切という思いを込めた」

 アシックスなどでシューズ製作を手がけた職人と手を結び、発表会では、自身が試合で使うスパイクの制作も明かした。

 子どもを含めた幅広い層のスポーツウエアも取りそろえ「選手としてのキャリア、人生で学んだ全てを込めた。子どもたちの将来に関わることができたら素晴らしい」と語った。

 店舗は神戸・三宮。ミカクス閉店後、同じビル1階に新装オープンさせた。 ### ■妙技以外でも酔わす

 イニエスタは足技だけでなく、故郷で営むワイナリーの逸品でも人々を酔わせている。

 神戸入りをきっかけに、日本市場にも販路を広げ、現在、神戸市内の大型スーパーに各国の輸入ワインとともに並ぶ。

 生産者であるからこそ、こだわりの飲み方があり、神戸で醸造される「神戸ワイン」の感想とともに哲学を明かしてくれたことがあった。

 「ワインは好みによって分かれるものだが、いろんなものを試すことで学び取れることも多い。それがワインの良さ。『どれが好き?』と言われれば、イニエスタワインと答えるけど(笑)。神戸ワインも、おいしかった。最終的にそこは個人の好みだよ」 ### ■魔法の伝導

 イニエスタはJ1神戸の親会社、楽天グループと手を組み、子ども向けのサッカー教室も始めた。当初の会費は週1回コースで月2万3千円、週2回コース月3万6千円とした。練習メニューに名手のプレースタイルを反映させ、芸術的なパス技巧や戦術眼を学べるという触れ込みだ。

 19年5月のプレ教室では「学んできたことを伝える場。長い間、関わっていきたい」。22年2月をもって楽天グループが運営から撤退したが、「イニエスタアカデミー」として神戸市内4カ所で開設されている。 ### ■世界に導く広告塔

 超絶技巧の司令塔は自らの事業だけでなく、広告塔としても活躍した。来日以降、複数の日本企業とアンバサダー契約などを結び、PRに力を貸してきた。

 背景にはイニエスタ自身の発信力がある。写真共有アプリ「インスタグラム」のフォロワー数は19年時点で約3200万人に上り、現在は4200万人を超えている。「歩く巨大メディア」とも呼べ、特に世界進出を図る企業にとって願ってもない存在だった。

 その一つ、菊正宗酒造(神戸市東灘区)は創業360周年を迎えた19年に、イニエスタをアンバサダーに起用した。イニエスタが杜氏(とうじ)の法被姿で商品をPRする映像や駅広告をつくったほか、新スローガン「灘から世界へ」を掲げ、海外市場の拡大を鮮明にした。

 ほかにも、情報通信メーカーやコンサルティング会社など業種を問わず、企業の「顔」に選ばれた。国や地方自治体も放っておかず、日本政府観光局が、欧州向けの訪日プロモーションにイニエスタを指名すれば、神戸市はイニエスタが出演する動画をつくって街の魅力を発信した。 ### ■楽天と盟友と

 イニエスタの神戸入りは、楽天グループの会長兼社長でJ1神戸の三木谷浩史会長(58)の豪腕で実現した。両者はサッカー教室に限らず「協業」してきた。

 楽天カードに「イニエスタデザイン」が登場し、楽天の配信サービスでは主人公として神戸での暮らしぶりなどを公開した。

 何より、イニエスタと日本企業の数々の契約は同社の戦略と無関係ではなかった。サッカー界の英雄のブランド力を両者で磨き上げ、収益増につなげる狙いがあった。

 一方、サッカー選手が本業のイニエスタが多角経営を進めるには、信頼を置く仲間たちの存在が欠かせなかった。中でもマネジャーであり代理人でもあるスペイン人、ジョエル・ボラス氏はイニエスタの公私を支えた。新型コロナウイルスの出現前、練習取材に行くと、2人でクラブハウスを出入りする姿をたびたび目にした。イニエスタは退団会見で「私にとって兄弟のような存在であるジョエル、本当にありがとう」と家族以外で唯一、個人名を挙げて言及した。

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 神戸での最終戦は7月1日、本拠地ノエビアスタジアム神戸(神戸市兵庫区)での北海道コンサドーレ札幌戦となるが、イニエスタと神戸の関係はこれで終わりではない。英雄は退団会見で、時折涙を浮かべながら、こう語った。

 「これは永遠のお別れではありません。この素晴らしい国との関係性はこれからも大事にしていきますし、定期的に訪れたいと思っています。イニエスタアカデミー、キャピテンなどのように、情熱をまだまだ注いでいきたいプロジェクトがここに残っています」(有島弘記) 【アンドレス・イニエスタ】1984年5月11日、スペイン南東部のアルバセテ生まれ。12歳で同国1部リーグ・バルセロナの下部組織に入り、2002年にトップチームにデビュー。FIFAクラブワールドカップなど計32個のタイトルを獲得した。06年初招集のスペイン代表では10年のワールドカップ南アフリカ大会を制覇。18年5月、バルセロナからヴィッセル神戸への移籍が決まり、今季が6シーズン目だった。171センチ、68キロ。39歳。妻、子ども5人と神戸市内で暮らす。

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