「おぞましい」無抵抗の精神科患者もてあそび、笑っていた看護師たち 神出病院虐待事件、なぜ集団で黙認

事件当時、病棟の浴室に染みついた黒いカビ。壁一面、天井に至るまで浸食し、穴が開いている箇所もあった=神戸市西区神出町勝成、神出病院(関係者提供)

 男性患者同士でキスをさせる。陰部にジャムを塗って、別の患者になめさせる。粘着テープで頭をぐるぐる巻きにする。看護師たちは抵抗できない相手をもてあそび、笑っていた-。神戸市西区の精神科病院「神出病院」であった虐待事件は発覚から3年が過ぎ、組織は健全化を進めている。しかし、同じような事件は全国で後を絶たない。患者を人と思わぬ行為と、それを黙認する集団はどうして生まれるのか。(前川茂之、小谷千穂)

 事件は、誰が通報したわけでもなかった。

 2019年9月、神戸市内の夜道でまた女性が襲われた。背後から突然抱き付かれ、口をふさがれ、下着の中に手を入れられる。

 前月から連続で起きた強制わいせつ事件。兵庫県警の捜査線上に浮かんだのが、神出病院で看護助手を務める20代の男だった。

 3カ月後の12月、男を逮捕した捜査員は、押収したスマートフォンにある動画を開いて目を疑った。

 「出してーな」「何するんや」。悲痛な声を上げる60代の男性患者は床にあおむけにされ、逆さにしたベッドを上に置かれていた。おりのように閉じ込められて身動きができず、叫び続け、やがて失禁した。

 動画には患者をからかい、ののしる数人の声が残っていた。

   

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 動画を手がかりに捜査した県警は20年3月、虐待事件として先の看護助手をはじめ、20~40代の看護師ら男計6人を逮捕する。冒頭で書いたような被害を受けていた患者は7人に上った。

 「反応が面白かった」「先輩もやっているし、いいかと安易に思った」。男らが供述した動機はあまりにも稚拙だった。

 しかし、逮捕から1年半後の21年9月、ようやく設置された第三者委員会で委員長を務めた弁護士の藤原正広は、さらに調査を進めて恐怖と怒りに震えた。

 「おぞましい、これは」

 公判で認められた7の暴力、3の性的虐待は「氷山の一角」に過ぎなかった。

 びんた、膝蹴り、スリッパで頭をたたく、ベッドに投げる、という暴力にとどまらない。棒で鼻を無理やり上向かせた痴態を撮影する。汚れた衣服を着せたまま漂白剤の原液をかける。歩けない女性患者を全裸でベランダに放置する-。少なくとも計84件の虐待に、看護師ら27人が関わっていた。

   

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 人けのない山林の一角に鉄条網が張り巡らされ、465床ある病院内の様子は、うかがい知れない。

 だが、藤原が病棟に一歩足を踏み入れると、カビやくもの巣があちこちにあった。古びたエアコンは弱々しい風しか吐かず、まとわりつくようなジメッとした湿気がこもる。特に浴室はひどく、壁一面、天井に至るまで黒カビが浸食していた。

 患者の車いすは食べこぼしで汚れたまま。便で汚されたカーテンはいつまでも洗濯されず、鼻を突く便臭が院内に漂っていた。

 カビが原因とみられる心筋炎や肺炎も患者に多発していた。看護師や医師から改善を求める声もあったが、当時の院長はこう言い放って取り合わなかった。

 「これくらいええわ」

 藤原は取材に断言した。「逮捕された6人を野放しにしていたのは、組織全体の責任でもある」

   

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 事件は精神医療の現場や国にも大きな衝撃を与えた。精神保健福祉法が改正され、24年度から精神科病院で虐待が発見された場合、速やかに都道府県に通報することが義務付けられた。

 病院は今、神戸市から改善命令を受けて「解体的出直し」の途上にある。第三者委員会の報告書から事件と制度の茂みに分け入り、再生に向けた今を追った。(敬称略)

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