社説:やじ排除判決 自由な表現、奪わぬよう

 多種多様な意見が表明されることは民主主義の根幹であり、基本的人権の柱でもある。

 とりわけ為政者に異議を訴えることを含め、政治に関する非暴力の表現の自由は尊重されなくてはならない。公の空間で政治家と市民が接する街頭演説でのやじも、その一つだろう。

 2019年の参院選で安倍晋三首相(当時)の演説中にやじを飛ばし、北海道警に排除された男女が道に損害賠償を求めた訴訟で、札幌高裁は女性が表現の自由を侵害されたと認め、道警側に55万円の賠償を命じた。

 道警は、安倍氏に向かって「増税反対」と叫んだ女性の腕や肩をつかんで移動させ、約1時間にわたって付きまとった。

 高裁は「意見表明の継続を阻止された」などとして、一審の札幌地裁判決と同様、憲法で保障された自由の侵害に当たるとした。当然の判決である。

 昨年7月の安倍氏銃撃事件、4月の岸田文雄首相襲撃事件で、選挙活動での要人警護の在り方が問われた。だが言うまでもなく、こうした暴力と、抗議の声を発する行為は区別せねばならない。

 警察官職務執行法は「犯罪がまさに行われようとしているのを認めたとき」に制止できるとしている。やじを飛ばしただけの女性の排除が、法を大きく逸脱することは誰の目にも明らかだ。

 道警側は一、二審とも敗訴したことを重く受け止め、女性に謝罪するとともに、なぜ違法な排除をしたのか説明する責任がある。

 一方で高裁は、男性を排除したことについては一審判決を覆して妥当と認定した。

 「安倍やめろ」と叫んだ男性は、複数の警察官に腕や服をつかまれ、移動させられた。

 道警側は新たな証拠として、男性を手で押した聴衆の動画などを提出した。判決は男性が選挙カーに向かって走りだしたことなどを踏まえ、男性が周囲から暴行を受ける危険や、安倍氏に危害を加える恐れがあったとした。

 だが、聴衆から「有形力の行使」を受けていたのは男性の方である。実力による阻止が必要なほどの切迫性があったかどうかは疑問が残る。逆転敗訴となった男性は「銃撃事件がなかったら、裁判所の判断は変わらなかったのでは」と不服を表明した。

 テロ行為による言論封じは絶対にあってはならない。同時に、過剰な排除によって自由な言論や議論を奪わないよう冷静な対応が求められる。

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