イニエスタ狂騒曲 スペイン強豪バルサから電撃移籍に熱狂、神戸ラストゲームまでの1864日

2019年のホーム開幕試合でプレーするイニエスタ(中央)=同年3月、ノエビアスタジアム神戸

 サッカーJリーグ1部(J1)ヴィッセル神戸の元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタ(39)の神戸ラストゲームまで、あと1日。5年前、スペインの強豪バルセロナからの電撃移籍は熱狂を呼び、経済的にも大きなインパクトを与えた。加入決定から送別試合まで1864日に及ぶ狂騒曲をたどる。

### ■来日の衝撃波

 神戸の三木谷浩史会長(58)=楽天グループ会長兼社長=の手腕で誕生した「神戸のイニエスタ」。母国をワールドカップ(W杯)初優勝に導いた2010年南アフリカ大会の決勝ゴール、バルセロナでの通算タイトル32個…。正真正銘のスターを一目見ようと、観戦チケットは飛ぶように売れた。

 例えば、神戸のホームゲームの観衆はイニエスタの合流前、平均1万7170人だったが、デビュー戦となった18年7月22日の湘南ベルマーレ戦はホーム歴代3位(当時)となる2万6146人を動員した。

 また、本拠地戦のチケットは8月から最終戦まで8試合連続で完売し、盟友フェルナンドトーレスとの対決が注目されたサガン鳥栖戦はなんと、クラブ史上最速の1時間20分で売り切れた。

 恩恵はホームだけではなかった。

 8月以降、アウェー戦も1試合を除いて満員御礼が続き、関東初見参となった湘南戦はベルマーレ平塚から改称した2000年以降で最多の1万5351人が入場した。

 チケットの買い占めも横行。神戸が転売対策を講じるほど桁外れの集客力だった。 ### ■グッズも爆売れ

 イニエスタの加入発表以降、クラブは関連グッズをつくり、特にレプリカユニホームは生産が追いつかず、すぐに発送できない事態になった。

 加入1年目の物販収入(クラブ全体)は前年度のほぼ倍増の3億8800万円に伸び、2年目はさらに5億3100万円と「イニエスタ効果」は明らかだった。 ### ■旋風余波

 イニエスタの存在感は、練習場の安全確保にも及んだ。

 いぶきの森球技場(神戸市西区)の見学スペースや駐車台数が限られていたため、練習を一般非公開とし、代替案として本拠地のノエビアスタジアム神戸(同市兵庫区)で公開することにした。

 それでもイニエスタのサインを求める人が殺到し、クラブスタッフが安全確保に追われた。押し合いで泣き出す子どももいたため、開催2回目からファンサービスの時間に子どもをピッチまで降ろすことにした。予定ではハイタッチだけだったが、子だくさんの父でもあるイニエスタが記念撮影を提案する「神対応」もあった。 ### ■背番号問題

 ルールを変えた男でもある。

 イニエスタの移籍が決まった当時、代名詞の背番号8は、MF三田啓貴(現横浜FC)が着けていた。当時のJリーグは「(背番号の)シーズン途中の変更は認めないものとする」と規定していた。

 リーグ側はルール改正に向けて調整を進め、三田本人も前向きだった。「イニエスタは憧れの選手。来るなら断る人はいない」と譲ることを決め、イニエスタから「ありがとう」と電話があったことも明かした。その後、シーズン中の背番号変更が正式に認められた。

 今月6日にあった神戸とバルセロナの国際親善試合(国立競技場)を巡っても、異例の対応があった。神戸は当初、7日に天皇杯2回戦を予定したが、日本サッカー協会がイニエスタの古巣との一戦を実現させるために各方面と調整。1週間遅らせることで解決させた。 ### ■史上最高額

 世界的名手がもたらした影響は、クラブの経営数字にも特大の衝撃を残した。

 Jリーグが公表する18年度の経営情報によると、J1神戸の営業収益(売上高)は日本のプロサッカー史上最高の96億6600万円をマークした。

 17年度の営業収益の2倍近く。イニエスタの権利を商業利用した楽天グループによるスポンサー収入が増収の大部分を占めた。一方、チケットやグッズ販売による収益の底上げも確実にあった。

 19年度はさらに上積みし、100億円の大台を超える114億4千万円を計上。2位浦和の82億1800万円を圧倒した。 ### ■最後の熱狂

 20年春以降の新型コロナウイルスの影響はクラブ経営に打撃を与えたが、観戦条件の緩和とともに集客の勢いが戻った。そんな中の23年5月、イニエスタが7月1日の北海道コンサドーレ札幌戦を最後に退団することが発表された。

 クラブはイニエスタ加入後、需要に応じてチケット価格が変動する「ダイナミックプライシング」を導入している。退団会見が始まったのは5月25日正午過ぎ。札幌戦のヴィッセルシート(メインスタンド中央下段)の価格は1万2千円だったが、午後8時ごろには1万8千円まで高騰し、他の席種も軒並み値が上がった。

 クラブは会見の3日後、札幌戦のチケットが完売したと発表したが、888万円の「VIPチケット」などの売り出しを決めると、さらに試合2日前には関係者席などを調整して生み出したシートの追加販売を始めた。

 神戸はグッズも大展開した。会見当日の夜、「メモリアルグッズ第1弾」を発表し、額装された直筆サイン入りレプリカユニホーム(税込み20万円)など豊富なラインアップを並べた。数量限定や期間限定を含め、第3弾まで取りそろえ、最後の熱狂を営業に生かしている。

 神戸サポーターも7月1日、偉大なキャプテンに敬意を示す。これまではバルセロナ時代から続く「君の瞳に恋してる」が原曲のチャント(応援歌)を歌ってきたが、この夜のために新チャントを準備。不世出の天才にとって、満員の光景とともに忘れられない贈り物になりそうだ。 【アンドレス・イニエスタ】1984年5月11日、スペイン南東部のアルバセテ生まれ。12歳で同国1部リーグ・バルセロナの下部組織に入り、2002年にトップチームにデビュー。FIFAクラブワールドカップなど計32個のタイトルを獲得した。06年初招集のスペイン代表では10年のワールドカップ南アフリカ大会を制覇。18年5月、バルセロナからヴィッセル神戸への移籍が決まり、今季が6シーズン目だった。171センチ、68キロ。39歳。妻、子ども5人と神戸市内で暮らす。

© 株式会社神戸新聞社