「登頂と命、どっちを選ぶのか…」富士山を弾丸登山しない方がいい3つの理由 “山のプロフェッショナル”に聞いてみた

7月10日、富士山の静岡側が山開きを迎えました。富士宮、御殿場、須走の3つの登山道が山頂まで開通し、多くの登山客でにぎわっています。2023年は、すでに山小屋に予約が殺到していて、相当な混雑が予想される中、急増するのでは、といわれているのが「弾丸登山」です。

この弾丸登山を静岡県、山梨県ではやめるよう、呼びかけています。なぜ、避けた方がいいのか、医師、登山家、警察の山岳救助隊、3人の“山のプロフェッショナル”にそのワケを聞いてみました。

静岡県などによりますと、「弾丸登山」とは、夜に富士山5合目を出発し、山小屋に泊まらず夜通しで山頂を目指す0泊2日の山登りのことです。これが危ないというのです。

<山岳医 大城和恵医師>

「3776メートルの山に普通の人が慣れるのには1日では難しい。標高に体が慣れるより速いペースでしか登らざるを得なくなってしまうので高山病になりやすい」

富士宮口8合目の診療所で多くの登山客を診てきた山岳医の大城和恵医師。弾丸登山の大きなリスクのひとつは、体調の急変だといいます。

山梨県富士吉田市の吉田口の集計によると、弾丸登山で体調を崩し、救護所に運ばれる割合は、通常の登山客の14倍にものぼります。

<山岳医・大城和恵医師>

「初心者が1日で登って下りてこようとするリスクは高山病、脱水、低体温症」

最も多いのが高山病。激しい頭痛を伴います。吐き気が出て、水分や食事がとれなくなると脱水症状、さらには、低体温症の危険もあるといいます。実は高山病、年齢や体力のあるなしは関係ありません。そこが落とし穴だと大城医師は指摘します。

<山岳医 大城和恵医師>

「(高山病に)なったことがないと自分がなるというイメージができない。こちらから見ている客観的な評価と自分の主観評価が一致しない。そういうときはやっぱり大きな事故になりやすいと思う。もし専門家がアドバイスをしたときには素直に聞いていただくとありがたい」

<登山家 實川欣伸さん>

「(富士登山中)一度だけ風に飛ばされている。仲間と2人でしゃべりながら歩いていたら、突風が来て(飛ばされた)。富士山には何か所か風の通り道がある」

富士山が持つ別の怖さを語るのは、登山家の實川欣伸さん(79)=静岡県沼津市=です。富士山頂まで登った回数は、まもなく2,200回の實川さん。登山中も携帯電話で天気予報をチェックするなど、天候の変化には細心の注意を払い、たとえ、天気がよくても登らない日もあるといいます。天候の急変に対応しづらい弾丸登山はリスクが大きすぎるというのです。

<登山家 實川欣伸さん>

「突然、強風になる可能性もあり、その時間帯合わせて登っていたらとんでもないことになる。9合5尺辺りでは親指大の石などがボンボン飛んでくる。登山の場合は他のスポーツと違って、下りのことを考えないと命に関わるというスポーツですから」

リスクはこれだけではありません。

2022年の夏山シーズン、静岡県警の山岳遭難救助隊の出動件数は50件にのぼりました。下山中に疲労で動けなくなったり、転倒するケースが目立つなか、夜に多くの人が登るとこんな危険も考えられるといいます。

<静岡県警山岳遭難救助隊 坂上雅信隊長>

「特に夜間の場合は落石の危険があり、自分が万が一落とした岩や石を下にいる登山者に当ててしまうという可能性もある」

さらに山開き直後の山頂付近の登山道周辺には残雪があり、足元が緩くなっていて、これが落石や滑落の原因にもなりうるのです。救助へ向かうにも片道数時間をかけて、隊員が登り、救助し、下山となるとさらに数時間かかります。危険と隣り合わせの弾丸登山。坂上隊長はこう警鐘を鳴らします。

<静岡県警山岳遭難救助隊 坂上雅信隊長>

「登頂と命、どっちを選ぶのか、富士山は逃げないので命を選択してほしい」

では、日本一の山に挑むにはどんな点に気をつければいいのか。3人が口をそろえていうのが「無事に下山するまでが登山」。登頂することに力を使い切り、下山する体力が残っていない、ではだめだと強く訴えます。

そのうえで、必要なのが事前の準備です。大城医師は「例えば、前の週に2,500mとか3,000mぐらいの山に登っておくなどして、少し体を標高に慣らしておくこともおすすめ」といいます。

さらに水分補給も大切です。實川さんは「登山前日には水を2リットル以上飲むなど十分すぎるほどの水分補給を」、大城医師は「登山口の状態で少しでも水分が足りないと、すぐに脱水になっちゃうので、登山口で体を水分で満たした方がいい。水分が足りてるかどうかの目安は、やはり普段の生活と同じようにおしっこしたくなるかどうかってのがすごく大事、飲んでも飲んでもトイレに行きたくないっていう場合は足りていないので、登山中のおしっこの回数とか目安にしていただくといい」といいます。

さらに登山中の体調の変化については、「登山中、頭痛がひどい、吐くなど2つぐらい症状が重なった場合は下山を決断してください」(大城医師)

では、理想的な富士登山の服装や持ち物とは。坂上隊長はこんな装備で登ってほしいと提案します。たとえ、真夏であっても必ず長袖に長ズボン、足元は登山靴。Tシャツに短パン、サンダルはもってのほかです。

落石や転倒から頭を守るヘルメット、防寒着にもなる雨がっぱは強風で煽られないようにポンチョ型ではなく、セパレートタイプを選びましょう。また、ダウンや手袋も準備し、天候の急変や寒さに対応できるようにしてほしいといいます。

さらに、下山が遅れ、日没した後に有効なのがヘッドライト。また、携帯電話充電用のモバイルバッテリーもリュックに入れてほしいといいます。

富士山の夏山シーズンは、わずか2か月と決して長くはありません。特に2023年は富士山の世界文化遺産登録10周年の記念の年、さらに新型コロナウイルスの5類引き下げや観光需要の回復で、登山者の増加が見込まれ、多くの山小屋で、平日でも予約が取れない状態が起きています。それでも、弾丸登山という選択肢ではなく、心にも、時間にも余裕をもって日本一の山を楽しんでください。

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