寝かせてうまい熟成酒じわり人気 減る雑味、味まろやか…朝来の酒蔵「田治米」海外でも評価

右から2022年度、20年度、18年度、14年度、12年度に醸造された日本酒。徐々に色合いが濃くなる=朝来市山東町矢名瀬町

 ワインやウイスキーなどのように長期間寝かせた日本酒が徐々に注目を集めている。熟成させることで雑味が減り、味がまろやかになるといい、色合いも少しずつ琥珀(こはく)色などに変わっていく。かつては高級品で、明治時代以降に廃れたが、最近見直しの機運が出ており、海外でも評価されている。兵庫県・但馬地域でも酒蔵「田治米(たじめ)」(同県朝来市山東町矢名瀬町)が熟成酒の生産に力を入れている。(小日向務)

 日本酒は一般的に醸造して1年程度で販売してしまうが、江戸時代には熟成酒の方が評価が高く、高額で取引されていたという。熟成酒に明確な定義はなく、「長期熟成酒」「熟成古酒」などとも呼ばれる。

 米に含まれるタンパク質はうま味となる半面、多いと雑味につながる。もともと日本酒の原料となる酒米はタンパク質が少ないが、長期間熟成することでワインなどと同じように余分なタンパク質などが澱(おり)として沈み、すっきりとした味わいのきれいな酒になる。色合いも変化していく。

 銘柄「竹泉」で知られる同社は、2002年醸造分から毎年2割程度を増産して、12年から2年以上熟成した酒を中心に販売。その後も熟成期間を延ばしており、品ぞろえの中心が近く3年以上の熟成酒となる。より長期の熟成を経た商品もあり、現在販売する日本酒は「しぼりたて」などの季節商品を除き、7割が熟成酒という。薄暗い酒蔵では火入れした後の日本酒を低温で熟成しているタンクや一升(1.8リットル)瓶などが並ぶ。焼酎ではなく、日本酒で漬け込んだ梅酒もある。

 同社は昨年、フランスで開かれる日本酒のコンクール「蔵マスター」で新設された熟成酒の部門に、9年熟成の日本酒を出品し、最高位のプラチナ賞を受けた。「若いころは、出来たての日本酒が好きだったが、より食事をおいしくする酒として、熟成酒にたどり着いた。かん酒にするとさらにおいしい」と田治米博貴社長(53)。「今後も細心の注意を払って醸造、貯蔵、熟成に取り組み、『うまい』といってもらえる酒を造りたい」と話す。

■江戸期は高級品、酒税改正で衰退

 「インターネットの通信販売サイトで熟成酒を扱う酒蔵が増えている。統計はないが、熟成酒の生産量は増加しているだろう」。酒蔵や酒販店など40社余りでつくる長期熟成酒研究会(東京都)の担当者は話す。

 同研究会によると、江戸時代後期に出版された書物には、清酒の上物は9年熟成した酒で、当時の安い酒と比べ2.2倍の値段だったことが記されている。ほかにも長期の熟成酒が高級品だったことを示す史料が残っているという。

 だが、財政難に苦しんだ明治政府が課税のタイミングを販売時から酒を搾った時点に早めた。これに伴い、搾ってから熟成を挟み、販売して現金化されるまで時間がかかるほか、増税も繰り返されたため、多くの酒蔵が長期の熟成をやめざるを得なくなった。課税の時機は太平洋戦争後に販売時に戻されたが、戦後の食糧難もあり、長期の熟成の文化はなかなか復活していないという。

 1985年に発足した同研究会は、製造技術の向上や市場開拓などに取り組んできた。国内外で多くのイベントに参加し、PRにも努めてきた。日本酒は新酒に多くの注目が集まってきたが、日本酒造組合中央会が今年6月に東京で開いた日本酒フェアでは、熟成酒をテーマにしたセミナーも初めて開かれたという。

 零下20度以下の冷凍熟成から、温泉を利用した55度程度の加温熟成まで、各酒蔵が工夫している。同研究会は「世界でも稀な幅広い温度帯を利用しており、さまざまな魅力の熟成酒が味わえる」と訴える。自宅で長期熟成させるファンもおり、家庭での熟成に向いた商品を販売する酒蔵も多い。

 ちなみに「酒は古くなると酢になる」との俗説があるが、酢になるためには酢酸菌による発酵が必要。熟成は酢酸発酵とも一般的な腐敗とも異なる化学反応という。

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