国宝姫路城は「防災」も考慮し築城 発掘調査で見つかった外堀の石垣から判明「治水の役割示す石垣の発見は初めて」 兵庫

見つかった姫路城外堀の石垣=姫路市福中町

 姫路市埋蔵文化財センター(兵庫県姫路市)は18日、世界文化遺産・国宝姫路城(同市本町)西側を流れる船場川沿いで、治水の役割があったとみられる外堀の石垣が見つかったと発表した。城下町への越水を防ぐため、堀の両側に石を積み上げて堤防を造っていた。外敵の侵入を防ぐだけでなく、防災も考慮して築城したことが分かるという。

 発掘調査は、民間マンションの建設工事に伴い、大天守の南西約1キロの約540平方メートルで行っていた。

 姫路城は1601(慶長6)年、当時の城主・池田輝政が着工。大天守から外側に向かって内堀、中堀、外堀の三重構造とし、武家や町人の屋敷も配置した。外堀は明治期以降、大半が埋め立てられた。

 石垣は、幅約10メートルの外堀の東西に確認され、城下町と接する東側が高さ1.7メートル、西側が2.6メートル。築城前の船場川は現在よりも川幅が広く、西側は当時の川の中央付近に石を積み上げた。堀の水が絶えないように、利水の役割もあった。

 城下町への越水を防ぐため、東側も地面より高く石を積んでいた。船場川は10年に1度ほどの頻度で氾濫しており、急いで石垣を積み直した跡も見つかった。

 同センターは「外堀は利水をしていると知られていたが、治水の役割を示す石垣の発見は初めて」としている。

 現地説明会は22日午前10時半から。同センターTEL079.252.3950 (森下陽介)

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