社説:特捜「供述誘導」 問われる「立件ありき」

 河井克行元法相が公選法違反罪で実刑となった2019年参院選広島選挙区の買収事件で、東京地検特捜部の検事による供述誘導の疑いが浮上した。

 元法相から現金を受け取ったとして任意聴取した元広島市議に、不起訴を示唆した上で、金は買収目的だったと認めるよう促したという。元市議が録音したデータにやりとりが残されていた。

 政治家夫妻が絡む大型選挙買収事件である。元法相を立件するために事件のストーリーを決め、それに合った供述を得るという「筋書きありき」の利益誘導が行われたなら看過できない。

 検察改革で改められたはずの供述依存の体質が変わっていない。こうした捜査を容認する構造的な問題はなかったか。最高検は徹底した調査で問い直し、再発防止と信頼回復を図るべきだ。

 録音データによると、買収目的を否認する元市議に、検事は「全面的に認めて、反省していることを出してもらい、不起訴であったり、なるべく軽い処分というふうにしたい」「議員を続けていただきたい。そのレールに乗ってもらいたい」などと発言した。

 否認すれば起訴するとの趣旨がうかがえ、供述の任意性が疑われる。元法相の事件を巡っては有利な証拠を引き出すため、地元議員らを不起訴にする「裏取引」の疑いがたびたび取りざたされた。

 特捜部は受動的な立場だとして被買収側の100人を不起訴にしたが、検察審査会は35人を「起訴相当」、46人を「不起訴不当」とした。再捜査で一転して34人が起訴・略式起訴された経緯がある。

 元市議も略式起訴となり、不服として正式裁判を請求した。被買収側の公判では、元市議と同様に検事が供述を誘導したとの主張が相次いでいるという。

 特捜部の捜査はこれまでも問題になってきた。10年に厚生労働省局長だった村木厚子氏が逮捕・起訴された事件では、大阪地検の主任検事が事件の構図に合うようにフロッピーディスクのデータを書き換えた証拠改ざんが発覚した。

 不祥事を受けて逮捕後の取り調べの録音・録画が義務づけられたが、今回のような任意段階や参考人も対象に一層の可視化を進めるべきだ。供述に頼らない客観証拠の収集力向上も問われよう。

 元法相は買収目的を認め、有罪は確定しているものの、権力者の犯罪を摘発する検察の使命は適正な捜査があってこそだと肝に銘じなくてはならない。

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